60 相談

「星宮先生……!」

「はい。安田くん……? どうしたましたか?」

「あの……相談したいことがありますけど……」

「今からですか?」

「は、はい……」

「いいですよ。場所を変えましょう」


 これはが起こる前の話———。

 安田を空き教室に連れてきて彼の話を聞くことにした。そして安田ゆうはいつも自信に満ちた顔だったけど、相談しに来たあの日はなぜか落ち込んでるように見えた。なぜ相談しに来たのかは分からないけど、多分……「女の子のこと」だと彼の顔を見て私は推測した。


 最近、萩原のあと別れたし……。

 精神的に疲れたはずだよね。


「はい。それで、安田くんが先生に相談したいことはなんですか?」

「あの、仲直りしたいっていうか……。女心がよく分からなくて、それについて相談したいっていうか」

「はい。つまり、萩原さんと仲直りしたいってことですね?」

「知ってましたか……」

「はい。いつもくっついてましたよね? 廊下で」

「は、はい……。えっと、仲直りしたいんですけど、のあちゃんにはずっと好きな人がいるからダメって言われました」

「あ……、あの日教室で……」

「そ、それはですね! 別に、襲ったりしたわけじゃ……」

「はい。でも、女の子の前でいきなり大声を出すのはダメですよ?」

「は、はい……」


 二人がくっついてたのはちゃんと見えたけど、何をしていたのかは分からなかったから私にできるのは何もなかった。でも、あの日、萩原の怯えた顔を見たから私はそれなりに満足していた。あんなちょろい人が私のあかねくんと付き合うなんて、想像するだけで吐き気がする。やめてほしかった。


 萩原さんは安田とお似合いだよ。


「あの! 女の子はどうすれば……、好きな人を忘れるんですか?」

「ううん……。ちゃんと説明できるかどうかは分かりませんけど、女の子が好きな男を忘れる時は……。あの人よりもっといい人を見つけたり……。あるいは……」

「あるいは……?」

「好きだった人との人を探すことくらいです」

「そうですか?」

「女の子はですね……。そう簡単に好きな人を忘れられませんから、それを忘れるためにはそれ以上のが必要です」

「刺激……ですか?」

「はい。その刺激は人によって違うかもしれませんけど……、恋をする時の刺激は言わなくても分かると思います。ドキドキする時の気持ちが自分にどんな影響を与えるのかは安田くんも知ってますよね? 他人から今までなかった刺激を受けると、好きな人を忘れるかもしれません……」

「…………は、はい」

「結局、恋というのは大人の私にもよく分からないことなので……」

「へえ……、先生はそんなに美人なのに」

「それとこれと別です」


 やはり「恋」というのは怖い、今の安田は萩原の「愛」を求めている。

 多分、萩原のあはすでに……。

 いや、最初から安田なんかに興味なかったかもしれない。それでも萩原のことを諦めないなんて、その恋は個人的に応援したいけど、今のままじゃ二人が結ばれる可能性はゼロだよね。


 可哀想だけど。


「あの……、星宮先生は……好きな人に振られてもあの人と仲直りできると思いますか?」

「はい……。私も……、彼氏に振られたので。安田くんの気持ちは分かります。それでも、チャンスはきっとあるはずです! 諦めるのはまだ早い!」

「そうですよね!」

「はい」

「はい! やっぱり、俺はのあちゃんのことが好きです! 何があっても今までずっと好きだったその気持ちを捨てるのはできません!」

「そんなに好きですか? 萩原さんのこと」

「はい……。五年間……ずっと好きでした……」

「へえ…………」


 本当に、可哀想な人……。もう萩原のあと結ばれないって本人が一番よく知っているはずなのに、それでも諦めず結ばれるって信じている。今はそれでいいと思う。それ以上言っても無駄だからね。生徒が良い学校生活を送れるように指導する、それが先生の役割。私はやるべきことをやっただけ。


 正直、二人のことはどうでもいい。

 でも、安田の恋を応援して、萩原があかねくんの人生で消えてくれるならそれもいいことだと思う。あの人は邪魔だ。私とあかねくんの間にあんな人はいらない。そして萩原があかねくんにやってあげたすべてを、私が代わりにやってあげるから……萩原の居場所はもうどこにもない。


 私の物だよ。あかねくんは……。


「あの、星宮先生。いますか〜?」

「は、はい! ここでちょっと待ってください。安田くん」

「は、はい」


 相談の途中、下谷先生に声をかけられた。


「あっ、すみません。相談中でしたか……」

「いいえ……! 大丈夫です! どうしました?」

「あの、四階の空き教室のことなんですけど……」

「はい!」

「実は佐藤先生の子供が今日入院してしまって……、担当者がいないんです! そして私も今から保護者と相談がありまして……。どこに設置すればいいのかそれを教えるだけで十分なので、お願いしてもいいですか……?」


 確かに、教科準備室が狭いって話があったよね……。

 そして体育倉庫より汚かったし……。


「はい! 分かりました!」

「あ! あの……もう一つお願いしていいですか?」

「はい。なんでしょう」

「スチール棚を設置するのは多分一時間くらいかかると思いますけど、その後……誰も入れないように立ち入り禁止の張り紙を貼ってもらっていいですか? ペンキも塗る予定なので……」

「はい。分かりました!」

「本当にありがとうございます……! 天使です! 星宮先生は……」

「い、いいえ……!」


 さて……、まずは安田との相談を終わらせよう。


「安田くん、すみません。仕事のことでちょっと……」

「は、はい……」

「それで、安田くんはどうしたいんですか? 正直、今の悩みを先生に話してもあまり変わらないと思います。結局、自分がどうしたいのか…………それを決めるのは安田くん自身です」

「はい……。やっぱりそうですね! 先生、俺は……諦めません!」

「はい。先生はいつも応援してますよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「ふふっ」


 あ。そんなことより、早く家に帰ってあかねくんと夕飯食べたい……。

 今日はパスタ作ろうかな……?

 私が作ってあげた料理をあかねくんはめっちゃ美味しそうに食べるから、その顔を見るだけで幸せになるぅ。


 それは毎日の楽しみ。


「じゃあ、先に帰ります! 今日はありがとうございました」

「は〜い」


 頑張ってね……。安田。

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