58 のあのこと③

「あかねくん! おはよう!」

「あ、うん。おはよう……委員長」

「…………」


 ペンを拾ってあげたあの日から、少しずつ二人の距離が縮まっていた。

 普段は無口でクラスメイトたちとあまり話さないけど、私が声をかけるとすぐ反応してくれる。それが好き。そういえば近いところで見るとピアスの穴とか、茶色の髪の毛とか、雰囲気が不良っぽい。でも、あかねくんは優しくて静かな人だった。


 だから、あのあかりが告白したと思う。


「昨日はちゃんと復習したの?」

「うん。教えてくれてありがと……、おかげでちゃんと勉強した」

「…………」


 その優しい声に……惹かれる。

 ずっと彼を目で追っていた。

 そしてあかねくんと話す時は心が癒されるような気がする。空気を読まなくてもいいし、周りの人たちに合わせなくてもいいし……。二人っきりで話す時は相手に集中できるから、すっごく楽しかった。


「ねえねえ! 今日、一緒にお昼食べない?」

「俺とお昼……? なんで? 委員長はいつも友達と食べてた気がするけど……」

「あかねくんも私の友達でしょ?」

「まあ、それはそうだけど……。いいの?」

「うん!」


 あのくだらない関係で得られるのはただの優越感。

 でも、今はそんなことよりもっといいものを見つけた。


「あれ? あかねくんはパンだけ?」

「あっ、うん……。料理苦手だし、お昼なんて適当に食べてもいいから……」

「ダメだよ……! ちゃんと食べないと」

「そう? じゃあ、次はコンビニの弁当にする」

! 私が言ったのは家で作ったお弁当だよ? お母さんが作ってくれないの?」

「うん。忙しいから作らなくてもいいって言っておいたから」

「あっ、そうなんだ……。ごめん……」

「何が? 別に謝らなくてもいいよ。ちょっと違うだけだから」

「あの! これ! 食べて……! 私、最近料理を始めてから……! 美味しくないかもしれないけど!」

「えっ? いいの? ありがと!」


 初恋って、こういうことなの……?

 私も知らなかった。こんな些細なことですぐ嬉しくなるなんて……。確かに、今まであかねくんみたいな友達がいなかったから当然だと思う。みんな恋人や自分のことばかり話してて、私の話を全然聞いてくれないから、私もあの人たちに合わせてあげるだけだった。いてもいなくてもどうでもいい、そんな扱いだったかもしれない。


 でも、必要な時はいつも私を呼ぶ。

 そういう人たちだ。


 だから、今が一番楽しい……。


「美味しい?」

「うん。料理上手だね。委員長……」

「ふふっ。うちもね、お父さんとお母さん仕事で忙しいから。たまにこうやって自分で作るの」

「へえ。それはすごい、きっといいお嫁さんになるよ。委員長」

「えっ?! い、いきなりそんなことを……?」

「えっ? あ、ごめん。言い過ぎかな」

「ううん……。ちょっと、恥ずかしいっていうか……」


 それから数日間……。いや、数ヶ月間かな……?

 私は息苦しいあのグループから抜けて、あかねくんと過ごす時間を増やした。こっち方がもっと楽しいし、あの人たちがいなくても楽しい学校生活を過ごせると思っていたから。休み時間も昼休みも、ずっとあかねくんと話していた。


 私の選択は間違ってない。すごく楽しい。


「ねえ、昨日〇〇のライブ見た?」

「俺、テレビはあまり見ないからよく分からないけど、どうだった?」

「あのバンドはね! ボーカルの声がめっちゃかっこいいから、あかねくんも聞いてみて!」

「へえ……、そうなんだ。曲のタイトルは?」

「うん———」


 あかねくんは興味ない話題にもちゃんと答えてくれるから、すごく嬉しい。

 私の話を聞いてくれたのはあかねくんが初めてだった。

 でも、意外と流行ってることに興味ないし、SNSもやってないから純粋な人だなと思っていた。あかねくんとはラ〇ンを交換したのが全部。それ以外は何もやってないから、黙々と私の話を聞いてくれるだけだった。


 だから、目の前にいるあかねくんに集中したくなる。

 私がリードするのも意外と楽しいから。


「ど、どうした? 委員長」

「ううん……。あかねくんはね、なんか可愛い!」

「い、いきなり? か、可愛い?」

「そうだよ? 私の目にはそう見えるから〜」

「そ、そっか……」


 でも、私たちの関係はすぐあのグループの人たちにバレてしまう。

 ずっと人が多い場所を避けてきたけど、男女が一緒に歩いたり話したりすると、すぐ校内に変な噂が広がる。それは仕方がないことだった。学校という場所は良いこともたくさんあるけど、そういう話が好きな連中もたくさんいるから覚悟しないといけない。


 その結果がこれ———。


「あのさ、のあに話したいことがあるけど」

「うん? どうしたの?」

「俺、のあのこと好きだから……付き合ってくれない? 今フリーだよな?」

「ごめんね。今は彼氏作りたくないから〜」


 気持ち悪いけど、口喧嘩は面倒臭いし……。笑顔で誤魔化す。

 相手はイケてるグループの男、そして友達の元カレ。先週まで、私の友達に「学校で一番可愛い」って言ってた人が今日は私に告白をした。

 本当に吐き気がする。


「なんでだよ! まさか、のあ……。あの……変なやつが好きなのか? 名前が……確かに九条だったよな?」

「変なやつ……?」

「そうだよ! いつもクラスの隅っこでカッコつけるやつじゃん! 陰キャのくせにピアスの穴とか、やばくね?」

「ふーん。ピアスをしてるのはみんな同じじゃん。私もしてるし」

「だから、あんな陰キャより! 俺と付き合った方がいいって!」

「断る。気持ち悪い。私の前で消えて」


 ちょろい人は大嫌いだ。


「チッ。ちょっと可愛いからって調子に乗るな……。クソが……」

「…………」


 そう、大体こんな感じ。

 だから、あのグループの人たちともう関わりたくない。無理だった。


「大丈夫? 委員長……」

「あっ、あかねくん! き、聞いてたの?」

「いや、なんか大きい声がして……。あの人、委員長の友達だった気がするけど」

「今は友達じゃないから、気にしないで」

「そっか……」


 でも、あの時の私は知らなかった。

 私が振ったあの男がすぐ元カノと仲直りして、私をいじめるとは———。

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