57 のあのこと②

 何……? その表情は……?

 そして「次はちゃんと注意してください」と言った時の顔、星宮先生は全然動揺していないように見えた。今日、みんな二人の話ばっかりしていたはずなのに、どうしていつもと同じ顔をしてるの……? いくら誤解だったとしても、盗撮されたことに怯えると思っていた。もう私のあかねくんに近づかないでって、警告を含めてそれをSNSにアップロードしたのに……。


 なのに、先生は私の前で微笑んだ。

 まるで、何もなかったように……。


 そして次の日、私が壊そうとしたあかねくんの日常はいつもと同じで何も変わらなかった。もっと私に頼ってほしかったのに、あかねくんを幸せにさせるのは私しかいないのに……、私が描いていた二人の未来が消えてしまった。


 私は、今からどうすればいいの……?


「…………」


 一人で廊下を歩く時、職員室から出るあかねくんと目が合ってしまった。

 私は何も言えなかった。

 すれ違う時のその空気、私たちはもはや他人。あかねくんはもう私の方を見てくれない……。


「…………」


 嫌われたくないのに……、どうすればいいのか分からない。


 ……


「ねえ、そこの君」

「お、俺?」

「そう! 名前は?」

「九条……あかね、どうした?」

「ペン! 落としたよ!」

「あっ、ありがと……」


 初めてあかねくんと出会った時は今と全然違うイメージだった。

 不良はあまり好きじゃないけど、あかねくんだけは他の不良たちと違うような気がして、知らないうちにあかねくんを目で追っていた。当時の私は高校時代の私と違って、いつも授業をサボって友達と遊びまくるそんな人だった。


 不良は嫌いなのに、周りに不良しかいないのも矛盾だよね。


 髪の毛を染めて、ピアスをして、周りの視線など気にしなかった。どうせ、クラスの中心は私たちだから私たち以外の人はただのエキストラ。当時の私はそんな馬鹿馬鹿しいことを真理だと思っていた。


 私には何もなかったから、そんなことに執着したかったかもしれない。


「ねえ、のあちゃん聞いた?」

「何?」

「隣クラスのあかりちゃん知ってる?」

「ああ……、うん! どうした? あかりちゃんに何かあった?」

「あのあかりちゃんが九条くんに告白したって!」

「ええ……! 本当?」


 今は髪の毛を伸ばして、他人に暗い印象を与える人だけど、当時のあかねくんは女の子の間で「イケメン」って言われていた。とはいえ、女の子に興味なかったし、声をかけてもすぐ話が途切れてしまうから、諦める女の子も多かった。


「あかりちゃん可哀想……」

「う、うん」


 たまに……告白をする女の子もいたけど、さっきの話みたいにすぐ振られてしまうから変だと思う人も多かった。そしてあかりは二年生の中で一番可愛い女の子だったから、告白を断ったあかねくんに喧嘩をうる男たちもけっこういたと思う。


「今日も喧嘩なの?」

「あっ、委員長……。なんでここに?」

「心配になるから……」

「心配しなくてもいいよ。どうせ、好きな人に選ばれなかった連中が俺に腹いせをするだけだからさ……。くだらない」

「悔しくないの?」

「悔しい……か、そんなことを考える暇ない。好きにしろって言ってあげた」

「へえ……」

「で、友達と遊ばないのか? いつもあの人たちと一緒だったよな? 委員長」

「今はあかねくんのことが気になって……、来ちゃった!」

「…………」


 あのあかりが告白をしたから、どんな人なのかずっと気になっていた。

 教室の隅っこで静かに勉強し、クラスメイトたちとあまり話さない人だったから知りたくなった。外見だけを見るとこっち側の人だけど、あかねくんは優等生に近い。そんなあかねくんと違って私はいつも不良たちと遊びまくってるから、先生たちに一言言われていた。


 成績はいいのに、どうしてあんな人たちと遊んでるの?

 それは私にもよく分からない。


「ねえ、何してんの?」

「数学……」

「へえ、数学得意なの?」

「いや、苦手だから……さっき授業で学んだのを見てたけど。どうした?」

「勉強、教えてあげようか?」

「えっ? いいよ……。休み時間だし、一人でやるから」

「そこ、間違ってるよ?」

「えっ? なんで……」

「ふふっ、ここ見て」


 私は不良だけど、それでも深夜の一時までちゃんと勉強をしていた。

 未来のためだから……。

 そしてあんな人たちとずっといい関係を維持するのは正直無理だと思う。でも、私は楽しい学校生活を過ごすためにそうするしかないと思っていた。ずっと一軍というくだらない地位に執着するしかなかった。


 そして、私は楽しいって感情よりそこから優越感を感じる。

 私は他の人たちと違うみたいな……。


 よくないって知っていても、この人たちの間で私にできるのは何もなかった。

 いつも男の話ばっかりで、勉強とか一切しない未来が心配になる人たち。でも、周りに可愛い人とカッコいい人がたくさん集まってるから、憧れのグループになっていた。


 本当にくだらない関係だけど、他の選択肢がない。


「…………あれ? まだいたの?」

「あっ、うん」

「家に帰らないの? 時間遅いんだけど……」

「家には誰もいないから、学校で勉強した方がいい」

「そう? じゃあ、私も〜」


 そして、私は本当の楽しさを見つけた。


「いいよ。で……、委員長はなんでこんな時間まで?」

「ああ、屋上で友達とちょっと……」

「そうか」


 あかねくんはあの人たちと違ってそれ以上は聞かない。

 だから、たまにあかねくんと話したくなる。

 憧れって言われても、みんな可愛い女の子やかっこいい男と付き合いたいだけだから、私には大したことない世界だった。屋上でずっとキスをしていたあの人たちと、私は何がしたかったのかな……。


 どんどんその関係に飽きていく。


「静かだね〜」

「うん……」


 そしてあかねくんと話すこの時間はすっごく好きだった。

 他の人とあまり話さないけど、壁は感じられなかったからすぐ仲良くなりそうだった。

 私、個人の考えだけどね。


「あ! それ、この前に教えてあげたじゃん! あかねくん!」

「あっ、ごめん。俺、数学苦手だから……」

「あっ、ごめんね。いきなり下の名前で呼んじゃって……」

「気にしなくてもいいよ」

「いいの? あかねくんって呼んでも」

「うん。呼び方なんてどうでもいいだろ?」

「そ、そう……?」

「うん」


 なんか、こういうのも悪くないなと思っていた。

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