56 二人の夜

「お帰り! あかねくん!」


 バイトから帰ってきた俺に明るい声で挨拶をする先生。

 なんか、いつもと違ってテンションが高い。いいことでもあったのかな……? でも、学校にいた時はいつもと同じだった気がするけど……、いっか。先生はやっぱり笑った方が可愛い、そしてそんな先生の顔を見るのが好きだった。


「…………」


 もう、自分の気持ちを無視するのはできない。

 いつもうちに来るからか、俺はみおと一緒だった時よりもっとやばい生活をしていた。そして、どんどん……先生の「お帰り」が聞きたくなる自分に気づく。どれだけ悩んでもやっぱりこの人の温もりが欲しくなる。


 それは否定できないこと、先生がそばにいてくれて俺は嬉しかった。


「私、今日カレー作ってみたけど! すぐ食べる?」

「食べます!」

「うん!!」


 なんか、これ……新婚っぽくね?

 くっそ……、相手は同じ学校の先生なのに、なんで俺はこんな妄想をしてるんだろう。


 馬鹿馬鹿しい。


 ……


 一人暮らしをしていた時はゆっくりご飯を食べたり、お風呂に入ったりするのはできなかったけど、先生がうちに来てから余裕ができた……。今の生活は俺が欲しがっていた普通の生活だった。相手が先生だからいつも緊張してしまうけど、それでもどんどんこの生活に慣れていく。今はうちに来ない方が不自然だと思うほど、先生という存在は俺の人生の一部になっていた。


 でも、なぜ俺と一緒にいてくれるのかは分からない。


「今日は時間的に余裕があるから! あかねくん!」

「は、はい?」

「座って! 髪の毛、乾かしてあげるから」

「は、はい……」


 優しいし、頭いいし、そして料理もできるし……。

 こんな完璧な人を振ったやつは今頃何をしてるんだろう。

 きっと、後悔してるよな。


「はい! 終わり!」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、ご褒美ください!」

「えっ? ご褒美……ですか?」

「そう! いろいろあるじゃん! なんでもいいよ!」

「じゃあ……」


 先生の頭に手を乗せて、ゆっくりなでなでしてあげた。

 この時間はいいと思う。

 めっちゃ恥ずかしいけど……。


「ねえ、私……ずっと気になってたけど」

「はい? なんですか?」

「あかねくんはどうして……、みおにため口で話すの? 年上なのに……、敬語使わないから。でも、私と話す時は普通に敬語だよね?」

「ああ……。確かに……そうですね」

「なぜ?」


 首を傾げる先生。そういえば、なぜこうなったのか俺にもよく分からない。

 いつからこうなったんだろう?


「なぜ……。それは考えたことないですね」

「へえ……」

「でも、気にしなくてもいいと思います!」

「そうなの? でもね、私……すぐ嫉妬しちゃうから……」

「し、嫉妬ですか……?」

「そうよ。私と話す時はいつも敬語だから全然嬉しくない〜」

「みおは家族だから仕方ないと思いますけど、みなみさんは教師だから……教師にため口だなんて、できるわけないですよね?」

「私、みおが羨ましい……。あかねくんとあんなことやこんなことができるから……私もそうなりたい!」


 今、なんって……。


「え、え……。そ、そうですか。そ、それは……ううん。ちょっと……」

「何、その反応……! あかねくんはみおにお姫様抱っこもやってあげたじゃん」

「それ、それは! 仕方ないことです! みお、酔っ払って動けなかったし……」

「じゃあ、私も今動けないからお姫様抱っこして!」

「マジですか……?」

「うん!」


 両腕を広げる先生がソファで俺を見つめていた。

 早くしてって言ってるようなその目、こんなことが好きだったのか先生は……。すごく恥ずかしいけど、やってほしいって言われたから仕方ないな。みおにやってあげた時も恥ずかしかったけど……、家族でもない先生にそんなことを……。


「……じゃあ、やります」

「うん!」


 先生を持ち上げた俺は、いつもより近い二人の距離にすごく照れていた。

 近い、めっちゃ近い……。

 それより目の前に先生の顔が、そしていい匂いがする……。


「うわっ……! こんな景色だったんだぁ……」

「これでいいですよね? 下ろしますから……」

「も、もうちょっと!!」

「えっ?」

「なんか、今すごく気持ちいいから……。もうちょっとこのまま…………」

「そ、そうですか……?」

「ねえ! 部屋! 部屋に連れてて!」

「はいはい」


 すぐ子供になってしまう先生、それもそれなりに可愛いと思っていた。

 てか、先生……めっちゃ軽いんだけど……?

 みおもけっこう軽かったけど、先生はあのみおよりも軽くて少し驚いた。てか、女性の生足を触るのはちょっと気になるな……。家にいる時はいつも白いシャツと短いパンツを着てるから、先生の体を触ってるこの感触がすごくやばかった。


 なんか、暑いな……。


「重くないの?」

「はい。軽いですね。みなみさんは……」

「そう……?」

「はい」

「あのね! お姫様抱っこは……は、恥ずかしいけど……。すっごく気持ちいい! な、なんか……愛されてるような気がして……、ドキドキして、その……。私、壊れた! こ、言葉が上手く出てこない! ど、どうしよう」


 そう言いながら俺を抱きしめる先生。

 うわ、まずい。可愛すぎて死にそうだ。


 それに恥ずかしくて足をバタバタしてるし……。


「ねえ、明日もやってほしい……」

「えっ? 明日も?」

「うん! これ好きぃ……、こういうの初めてだから……」

「は、はい……」


 そんな可愛い顔をして、またやってほしいって言うのかぁ。


「ふふっ♡」

「…………」

「私と一緒にいるのがあかねくんで本当に良かった!」

「ね、寝ましょう……! 寝る時間です!」

「ねえ! 今日も添い寝していい? あの日もそばで寝たからいいよね?」

「ダメです。今日は……」

「どうせ、眠った後に添い寝をするから断っても無駄だよ〜」

「みなみさんは変態ですか……?」

「そ、そんなことないよ!!」

「…………っ」


 拗ねた顔をして、俺の頬をつねる先生。

 やっぱり、可愛い……。


「あっ。そういえば、今みたいにうちに来るのは良くないと思います。当分の間、うちに来るのを我慢してください」

「どうして?」

「校内に変な噂が……広がってて」

「あ〜。それなら気にしなくてもいいよ〜。何も起こらないから」

「そ、そうですか?」

「うん!」


 なぜだろう……。

 よく分からないけど、先生は何も起こらないって確信していた。

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