55 のあのこと

 手に入らない物なら、私の手でそれを壊したの方がマシだよ。

 ねえ、私がどれだけ頑張ったと思う……?

 いつもそばにいて、話をかけてあげて、ずっと友達以上の関係になりたくて、一人で頑張ってきたのに……。そんな風に私を断るのは失礼だよ。私が望んでいたのはあかねくんが私の彼氏になること、それだけなのに……。どうして、できないの? 星宮先生がそんなに好きなの……? あの女がそんなに好きなの……? 星宮先生がここにきてから、私はずっと不安だった。


 いつか取られるかもしれないという恐怖に、私は我慢できなかった。

 私を見てほしい……。


 だから、二人の関係を壊したかった。


「…………」


 でも、安田のせいですべてが水の泡になってしまう。

 あかねくんのお姉さんが星宮先生の友達? あり得ない。本当に……、そんな偶然があってもいいの? 私が見たのはあの二人が同じマンションに入ることだけ、あかねくんのお姉さんなんて見たこともない。


 そして、二人はきっとあんなことを……やったはず。


 見事に失敗したよ。

 すごく虚しくて、私の人生にもう何も残ってないような気がする。


 今までずっと好きだったから、それだけ十分だと思っていたのに……。

 いつか告白してくれると思っていたのに……。

 生きている理由はそれだけだったのに……。


 全部、あの人のせいだよ。

 私がこうなったのは、私からあかねくんを奪った星宮先生のせいだよ……。


「のあちゃん! ちょっと待って!」

「…………」


 また、安田なの? もう飽きた。あんな人と付き合った私がバカだった。

 興味もない人と……、あんな気持ち悪いことを……。


「ちょっと話があるから……待って!」

「何……? 触んないで! 気持ち悪いから…………」

「どうしてだ? 俺たち、仲良かっただろ? なのに、いきなり別れようってなんだよ! そんなこと納得できるわけないだろ?」


 また……。


「へえ……、まだそんなことを言うんだ……。はっきり言っておくけど、私の好きな人はあかねくんだけだからね……。安田と付き合ったのはあかねくんが嫉妬してほしくて、それを試してみただけ。仲がいいとか……、そんなことを言う前に私は最初から安田に興味なかったよ。これでいいの……? そして陰キャだったくせに、高校デビュー成功したからでしゃばるの? ウケる」

「…………ヤンキーだったくせに、今更優等生になりたかったのか?」

「そうよ。私はあかねくんのために勉強する必要があったから、そして私はずっと成績上位者だったよ? あんなたちと違ってね」

「…………んなこと……」

「もう一つ。優等生になると、あかねくんが私に頼るから……その関係がとても好きだった」


 そう、私がいないとダメ。

 あかねくんにはずっとそれを教えてあげたかった。


「それはおかしいぞ! そこまで、あかねに執着する理由はなんだ? 断られたくせに」

「…………はあ? 今なんって?」

「断られただろ? 休み時間にあかねと二人で話したから……、そしてあかねはのあちゃんに興味ないって俺にちゃんと話した。知ってるだろ……? のあちゃんも。なのに、そこまで執着する理由はなんだ? どうして、あかねなんだ?」

「人の恋心をそんな風に踏み躙るのは良くないよ? 安田はいつもの通り、そこら辺の女の子たちとイチャイチャすればいい。そんな簡単なことすらできないの?」

「…………これ!」


 安田はスマホを見せながらある音声ファイルを再生した。

 それは私が保健室のベッドで、あかねくんに話した時の———。


「何? なんで、それを……」

「俺はずっとのあちゃんのことが好きだったから、今まで何回告白したのかすら分からないほど……。好きって言ってたのに、俺のことはどうでもいいってことか?」

「そうよ。あんたのこと、正直どうでもいい」

「こんなことを言われても、そしてあの音声ファイルを聞いても、俺はのあちゃんのことが好きなんだよ! 俺……まだ諦めてないから、仲直りしよう」


 しつこい……。そんなに話したのに、全然分かってくれないなんて……。

 それより、どうやってそれを手に入れたの? そこには誰もいなかったはず……。


「俺は!! のあちゃんが俺を見てほしかった。ずっと、ずっと!!」


 ほら、すぐそうなるじゃん……。

 自分の欲求に我慢できなくて、すぐ女の子に手を出す。あんたも結局……、あの人たちと同じだから、私はそんな人に興味ない。しつこく私に告白をしても、私に安田ゆうという人はただのエキストラ、いてもいなくてもいい人。


 名前を覚えた理由は、中学二年生の時に同じクラスだったから。

 私はあの時からずっと委員長をやっていた。

 あかねくんのために。


「離して……、痛いよ!」

「あかねのこと、諦めてくれ! 頼むから…………」

「嫌だ……」


 そしてゆうのスマホにDMが届いた。


「…………あはははっ、本当にこんなことまでしたのか?」

「何……?」

「俺が好きだった人は……、こんなことをする人だったのか?」

「何を……」

「ちゃんと見ろ!」


 一体、誰だ……? この写真を撮った人……。


「痛いって!」

「のあちゃんがずっと俺のそばにいてくれるって約束したら、今見せたこのDMを全部消してあげる」

「…………」

「俺は本当にのあちゃんのこと好きだから……」


 この変態、そう言いながら私の太ももを触ってる……。

 本当に気持ち悪い……。

 私はただ……、あかねくんが好きで……、あかねくんの彼女になりたかっただけなのに———。


「離して……!」

「好きだ。のあちゃん」

「嫌だ……。嫌だ…………。あかねくん……助けて!」

「あかね、あかね、あかね!! こんなところであかねの名前を呼んでも、あかねは来ないぞ? あかねに振られたくせに、なんで……俺を選んでくれないんだよ! このクソ女がぁ———!」


 拳を握るゆう。


「はーい! そこまで〜」


 安田に殴れる寸前、教室のドアを開けた星宮先生が安田を止めてくれた。


「せ、先生……?」

「教室から大きい声がして……、あの……二人は何をしてました?」

「…………いいえ。な、なんでもないです……」

「…………そうですか? じゃあ、二人とも早く帰ってください」

「は、はい……! のあちゃん、また連絡するから!」

「…………」


 急いで教室を出るゆう。

 そしてのあとみなみだけの教室に静寂が流れる。


「…………」

「大丈夫ですか?」


 微笑む先生。


 私は……、星宮先生に勝てないの? 本当に、勝てないの……?

 どれだけ頑張っても、ダメなのはダメなの……?


 悔しい……。


「どうしましたか……? 萩原さん、顔色が悪いんですけど……」

「な、なんでもないです。す、すみません……」

「あっ、そうだ。あの……、高校生だからに興味を持つのも当然だと思いますけど……」

「は、はい?」

「学校であんなことをするのは良くないと思いますよ……。それでもやりたいなら、次はちゃんとしてください!」

「…………何も……、えっ?」


 ちょっと待って……。

 なんで私にそんなことを……?

 あれ? バレないようにって……? どうして? まさか……?


「……どうしましたか?」

「い、いいえ……」


 いや、星宮先生はSNSとかやってないし……、そんなことできるわけないよね。

 じゃあ、一体誰があんなことを……。


「気をつけて帰ってください。萩原さん」

「は、はい……」


 のあの後ろ姿を見つめながら、笑みを浮かべるみなみ。

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