54 視線②

 一人でじっくり考えようとしたけど、もう休み時間になったのか……。

 さっき安田に話したいことあるって言われたから、今からあっちに行かないといけない。そして俺もなぜ安田が俺のことを庇ったのか気になるし、最近よく声をかけてくれるような気がしたから……。


 でも、俺たち、そんなに仲が良かったのか……?

 さりげなく下の名前で呼ぶなんて。


「あかね!」


 あ、もう来てるし……。


「屋上、行こう」

「分かった」


 ……


「天気いいな〜」


 やっぱり、安田は別れてもダメージとか受けないんだ。

 テンションが高いのはいいことだな。マジで。


「そうだな」


 そして自販機からジュースを買う安田、俺は隣のベンチに座って何から話そうかそれを考えていた。


「ありがと、安田」

「何が?」

「俺、慌てて何も言えなかったのに、安田がみんなに言ってくれたからさ」

「まあ……、みんな馬鹿馬鹿しいことばかり言ってるからさ。気にするな」

「そっか。で、俺に話したいことはなんだ?」


 それから静かにジュースを飲むだけだった。

 いつもの安田ならすぐ俺にいろいろ話したはずなのに、どうして今は何も言わないんだろう? まさか、あの安田すら言えないほど……とんでもない話だったり。そんなわけないな。でも、陽キャが住む世界は俺と違うから、何を考えているのか全然分からなかった。


 何も言わないのか、安田。


「俺さ、あの写真をSNSにアップロードした人知ってるけど……」

「えっ? 知ってるのか?」

「なんで、そんな顔をしてるんだよ……。あかね、お前も知ってるんだろ?」

「…………」


 知ってるって……。


 まさか、誰かにその話を聞いたのか? そんなはず……ないと思うけど。

 俺たちは二人っきりで話していた。

 保健室の中には誰もいなかったし、俺が萩原と二人っきりになったのもあの時だけだったから。それからすぐ教室に戻って……、そして家に帰ったから……疑われる余地などないはずだ。


 なのに、どうして安田がそれを知ってるんだ?

 今の顔、安田は俺がその人を知ってるって確信している。


「どうやら、なぜそれを知ってるって顔だな。あかね」

「まあ……」

「てか、あかねは俺のこと全然覚えてないんだ……」

「なんの話?」

「中学生の時に同じクラスだったろ? 俺たち」

「ごめん。覚えてない」

「確かに、今とは違って暗くて口数も少ない人だったからな」


 安田と同じクラスだったのは初耳だった。

 だから、萩原と仲良く見えたのか……? いや、陽キャっていつもテンション高いから元々そういう人だと思っていた。なのに、あの安田が俺と同じ中学校に通っていたとは……。しかも、陰キャだなんて、んなことできるのか? いつも女の子と話していたのに、そんな陰キャいるわけねぇだろ。


「…………」


 これが、あれなのか……。確かに、高校デビュー。


「まあ……、卒アル見たらすぐ分かると思うけど、俺は今までずっと頑張ってきたからさ」

「そっか。一応……、頑張ったのは分かった。でも、それとこれとなんの関係が?」

「のあちゃん、俺よりあかねの方がもっと好きだったから……。その写真もきっとのあちゃんが勝手にアップロードしたと思う」

「それだけ? それだけで分かったのか?」

「学校にいる時はずっとのあちゃんとくっついてたけど……、俺の前では笑ってくれない。そしてあかねが教室に戻る時、ちらっと見る。その視線が見えたから、分かるぞ。いつも……お前の方を見てたから……」

「ああ……」

「この学校でそんなことをする人は滅多にないから。もし、そんなことができるならのあちゃんしかないと俺はそう思った。そして……」

「そして……?」

「いや、なんでもない。なあ、あかね」

「うん?」

「のあちゃんのこと。忘れられないけど、どうすればいいんだろう」


 えっ? あの安田が?


「そうか? でも、不思議だな……。今までたくさんの女の子たちと付き合ってきたのに、萩原は忘れられないなんて……」

「そう。実はさ、あかね。俺はお前を嫉妬してたぞ。いつものあちゃんと一緒だったし、二人で話す時は楽しそうに見えたから……」

「そうか?」

「でも、お前はのあちゃんの告白を断った。そして、俺とのあちゃんの関係を応援してくれた……。ありがと」

「まあ、仲直りできるだろ? お前なら」

「どうかな……、俺はのあちゃんが俺の方をみてほしかった……」

「そっか」


 そんなに好きなのか、萩原のこと。

 確かに……、いつも委員長をやってて明るくてみんなに好かれるイメージだったと思う。


「あかね、今は二人きりだから話すんだけどさ」

「うん」

「俺、中学生の時からのあちゃんと挨拶をする関係だったけど……、あかねみたいにのあちゃんと仲良くなるのは無理だった。ずっと頑張ってみても、それだけは上手くできなかった」

「そっか?」

「だから、高校でイメチェンして、イケてるグループの人たちと楽しい学校生活を送ろうとした。そうすると、あの時みたいになれると思っていた。でも、のあちゃんにはのあちゃんだけ世界がいる。これじゃなかった」

「…………」

「今まで数えられないほどのあちゃんに告白をして、ずっと断られた。そして俺は断られた後、他の女の子と付き合って何が足りなかったのかずっと悩んでいた。すべてのあちゃんと付き合うために……。でも、やっぱりのあちゃんのことはよく分からない」


 そんなに告白してたのか、安田……。


「……う、うん」

「好きな人はのあちゃんだけだ」


 今なら分かる。

 だから、別れた元カノに未練などなかったんだ……。


「あかねもちゃんと断ったのに、どうして……。どうして…………」

「や、安田?」

「俺には理解できないんだよ……! あっ、ごめん」

「いや、いいけど。大丈夫?」

「うん。ちょっと、疲れたっていうか……」

「戻ろう」

「本当に、のあちゃんのこと諦めたよな? あかね」

「そう。今の俺に彼女を作るのはできない。それは萩原にもちゃんと言っておいたから」

「なんで?」


 なんで、二人は俺に「なんで」って聞くんだろう。

 高校生だし、「N O」の意味を知らないわけないのにな。


「事情があって、お金を稼ぐしかないからだ」

「そっか。余計なことを聞いて悪かった。俺……、やっぱり。いや、なんでもない! 戻ろうか! あかね」

「お、おう。あっ、そうだ。俺……移動教室だったのをうっかりしてた。先に行くから。じゃな」

「うん」


 ドアが閉める音とともに、ゆうがSNSのDMを確認する。

 そのDMは今朝六時に届いていた。


「のあちゃん……」


『落ち着け……。こんなところで騒ぐな……』

『私は……ずっとあかねくんだけを見ていたのに、どうして私を選んでくれないの? 本当に分からない……』

『萩原には安田がいるんだろ? なんで、俺なんかに執着するんだよ』


 それはあかねとのあの声が入っている音声ファイル。

 すでに数十回再生したけど、ゆうはずっと聞いていた。


「…………」


 そして画面の上に涙が落ちる。


「誰だよ。これを送った人は……。クッソ!」

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