47 喧嘩②

「知ってるって……? 何を?」

「あかねくんと星宮先生の関係を…………、二人はよね?」

「は、はあ……? いきなり、何を言ってるんだ……。萩原」

「…………」


 三年生になるまで話しかけなかったくせに、今更……心配とか二人の関係とか。

 やっぱり、人はそう簡単に変わらない。

 いくら優等生になっても、はずっと消えないまま委員長の中に残っている。今までずっと我慢していたのかは分からないけど、委員長のを見るのは久しぶりだった。


 要するに、委員長は安田と同類の人。

 そして……俺もだ。


「なんで……? なんで、私じゃなくて星宮先生なの……? ねえ!!」

「落ち着け……。こんなところで騒ぐな……」

「私は……ずっとあかねくんだけを見ていたのに、どうして私を選んでくれないの? 本当に分からない……」

「萩原には安田がいるんだろ? なんで、俺なんかに執着するんだよ」

「それはただの遊びだよ。昔からしつこく口説いてたから……私は嫌だった。そして一度振られた後は、もうそんなこと言わないと思ってね。ちょっと遊んであげただけなのに、意気揚々と声を高めるなんて……。あんな男と……恋愛とかできるわけないでしょ? 私の、知ってるよね?」

「…………」

「そんなことよりあかねくんは嫉妬とかしないんだ……。本当に私たちはただの友達だったの……?」

「そう、友達。俺たちはただの友達だ」

「じゃあ、星宮先生と家で何をしたの?」

「何を……? 先生がうちに来るわけ……ねぇだろ?」


 正直、びびっていた。

 うちの住所……知ってるはずないのに、どうして先生がうちに来たのを知ってるんだろう……? でも、俺を見ている委員長の目は確信を持っていた。


「ああ……、私の前で嘘つかないで。二人が同じマンションに入るのを私の目で確認したからね。写真も撮ったけど、見せてあげようかな……? ねえ、知ってる……? 今、本当にやばい状況だよ。私の話にちゃんと答えてほしいの。あかねくん」

「何もしてない。そして……、なんで萩原がうちの住所を……?」

「ああ……。ちょっと、尾行しただけかな?」

「マジかよ……」

「二人で何してたの? やっぱり、男女二人だからやったよね……? 気持ちいいことをやったよね? あかねくん……」

「何を考えているのかは分からないけど、そんなことやってないから」

「そう……? あかねくんは星宮先生と一緒にいたけど、何もしてないってことだよね?」

「…………そう」

「じゃあ、私の彼氏になって……」

「断る」

「これは命令だよ? そうしないとあの写真、SNSにアップロードするからね。私、あかねくんと違って……、ずっと良い友達関係維持してきたから、けっこう多いよ? フォロワー。その中には同じ学校の人もたくさんいる……」

「…………」


 確かに、学校にいる時はぼっちだから、あんな風に脅かすのも無理ではない。

 でも、どうして俺の話を聞いてくれないんだろう。委員長が考えてるようなこと、俺はやってないのに……。そしてさりげなく口に出したその言葉、「やったよね?」は……お前と安田が初中やってることだろ?


 過去なんか、ただの過去だから忘れようとした……。

 でも、その目で見られるのは気持ち悪い。

 俺にも事情ってことがあるから、今彼女を作るのは無理だった。それをどうやって説明すれば分かってくれるんだろう。俺は中学生の時から、委員長と良い友達関係を維持してきたはずなのに……。いきなり告白して……、自分の気持ちを一方的に押し付けて、本当に馬鹿馬鹿しい。ただの友達で満足できないなんて、一体……俺に何を期待してるんだろう。


 そして、盗撮した写真で脅迫か……。


「数日間、あかねくんを尾行したけど。どうやら二人は初中その家でいやらしいことをやってるみたいだね」

「…………」

「でも、それは犯罪だよ? 教師と生徒だなんて、世の中がそんなことを認めるわけないでしょ? いくら綺麗な先生だとしても、歳いくつなのか知ってるよね? 二人は結ばれない関係だから、いっそ……あんな人諦めて私のところに来て……」

「萩原のあ……」

「今まで一人にさせてごめんね……。今日から……私があかねくんのそばにいてあげるから、もう心配しなくてもいいよ。毎日……、毎日……、二人で楽しい思い出をたくさん作ろう。私、あかねくんのこと……、本当に大好きだから」

「もし、それを恋だと思っているなら大間違いだ。萩原…………」

「どうして……? いつも声をかけてあげて、ノートも貸してあげて、うちで一緒に寝たのに……。どうして、私を選んでくれないの? ねえ、昨年まで二人付き合ってんの?とか言われたじゃん……! みんな、私たちの関係を認めてたよ? あかねくん」


 そう言いながら、俺の上に乗っかる委員長だった。


「はあ……、退いて」

「ちゃんと答えてくれたら退いてあげる」


 そろそろ、中山先生が戻ってくる時間だ……。

 このままじゃ先生にバレるかもしれない。……眩暈がする。


 くっそ。


「言う通りにするから……、その写真は消して……」

「そう? 私と付き合ってくれるの?」

「んなこと、言えるわけねぇだろ? 本当にがっかりした萩原……、そしてお前も俺にがっかりしたかもしれない……。だから、もう話かけないでくれ……終わりだ」

「じゃあ、二人の関係がバレてもいいってことだよね?」

「写真のことなら勝手にしろ……。どうせ、あんなやつらに馬鹿にされても……友達のいない俺にはどうでもいいことだから」

「…………」


 自分がどれだけ危険なことを話しているのか、自覚はしていた。

 委員長の話を断ったから、本当にその写真をSNSにばら撒くかもしれない……。

 それでも仕方ないことだと思う。先生には悪いけど、そうなったら……きっと今の関係も終わるはずだ。先生の温もりとその優しさはよくない。先生と一緒に寝たあの日、俺は思い出してはいけないその感覚を思い出してしまった。


 そしてそれ以上はやばいって知っていても、俺は……先生から離れなかった。


 もう、そんなことに頼りたくない。

 俺は……ぼっちでいいんだよ……。


 一人でなんでもできる人になるんだよ。


「…………へえ」


 後ろからこっそり、二人の姿を覗いているみなみだった。

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