41 先生の憂鬱

「ただいま……」


 あれ? バイトから帰ってきたのに、部屋が真っ暗……。

 もしかして、先生まだ仕事中かな……? 珍しいな……。普通なら十一時になる前に着いているはずだけど、今日は何かあったみたいだ。教師の仕事もいろいろあるはずだし、気にしなくてもいいよな。


 それに人けがない。


「せっかく先生の好きなプリンを買ってきたけど……、仕方ないか」


 スクールバッグを床に下ろして、冷蔵庫の中にプリンを入れる時だった。

 俺の背中に頭をぶつける先生が「お帰りなさい」と呟く。


「おっ……! び、びっくりしました。ええ……、いつ帰ってきたんですか?」

「さっきからずっと居間にいたけど……」

「はい……?」


 え……? 居間にいたのか? 全然見えなかったけど……。

 てか、先生……なんか落ち込んでるように見えるな。

 学校にいた時は何もなかった気がするけど、どうして……元気がないんだろう?


「みなみさん……? どうしましたか? 今日、何かあったんですか?」

「うっ……」


 えっ? 泣いてる? 先生、泣いてるのか……?

 ええええ……。俺何もやってないのに、どうして泣いてるんだろう……。


「一応……! 電気をつけてから話しましょう!」


 こくりこくりと頷く先生だった。


 ……


「それで、どうして泣いてるんですか? 仕事で……何かあったり?」

「ううん……」

「俺、今日はちゃんと返事しましたけど……。俺のせいじゃないなら、一体……」

「…………あかねくんのせいじゃないよ」

「…………」


 こういう時はさりげなく頭を撫でてあげた方がいいよな……。

 先生にもそう言われたし、何があったのかは分からないけど、今はこれでいっか。


 てか、抱きしめるのはいいけど、力入れすぎぃ……。息ができない。


「私……」

「はい……?」

「あかねくんと離れたくないよ……」

「あの……、さっきからずっと抱きしめられてるんですけどぉ……」

「そんなことじゃないよ!」

「えっ?」

「他の意味でね……。あかねくんが……、他の人のところに行っちゃうかもしれないから……」

「それって……。俺が他の人と付き合うのが嫌いってことですか?」

「…………」


 それから何も言ってくれなかったけど、多分……それだったと思う。

 先生、いつもそんなことですぐ落ち込むから……。


「大丈夫ですよ。俺と付き合ってくれる女の子、世の中にいませんから」

「そんな言い方は良くない。あかねくん」

「す、すみません……。でも、みなみさんが心配してるのはそれですよね?」

「うん」

「どうしてですか……? 俺、いつもみなみさんのそばにいたはずなのに……」

「今日……、学校でね」

「はい」

「あかねくんに興味あるのって言われてね……」


 先生にそんなことを聞いたのか……? 一体誰だ? あの人……。

 まさか、俺たちの関係がバレたり……?

 でも、俺に興味あるって……。普通はそんなこと聞かないと思うけど、ただ先生と話しただけなのにそこまで疑うのは……。ちょっと待って、先生と話しただけ。そういえば、委員長が俺たちの話を聞いていたかもしれないな。


 今まで二人で話したのをバレたことないから……。

 多分……。


「みなみさん……」

「うん?」

「まさか、委員長……じゃないですよね?」

「あれ? 萩原さんに言われたけど、どうして分かったの?」

「あの日……、みなみさんが職員室に戻った後、上の階からすぐ委員長が降りてきて声かけられました……。やっぱり委員長だったのか……。でも、どうして……そんなことを」

「私にあかねくんのこと、好きって……言ったけど……」


 委員長……、先生の前でとんでもないことを……。


「それ、多分……冗談だから気にしないでください」

「いや、萩原さんは本気で言ってたよ……?」

「えっ?」

「私の前で……、堂々と言ってたよ……」

「ええ……、そうだったんですか?」

「あかねくんが他の女の子と付き合ってしまうと……、今のこの生活も終わってしまうから……。それがすごく悲しい」

「ああ……」


 ええ……、そういうことだったのか。

 でも、あの委員長がそんなことを言うとはな……。全然知らなかった。


「だから、離れたくないよ。私に萩原さんのこと好きにならないでとか……、そんなことを言う資格ないから……。ただ、この生活が終わる前にもうちょっと……あかねくんとこうやってくっつきたいだけ。でも、すごく悲しい……」


 諦めたような言い方……。


「…………」

「この生活が終わる前に楽しいことたくさんしよう…………。もう、こんなことできないはずだからね……」

「みなみさん、そんなことしませんから……。泣かないでください」

「うう……、私を置いて行かないでぇ……。一人は嫌だぁ……」


 何も言ってないけど、また……ネガティブモード。


「どこにも行きません。ここにいます……」

「元カレみたいに捨てないで……、別れたくないよ」

「一応……、何もしてませんけど……」

「私……あかねくんがいなくなったらすぐ自殺しそう……。あかねくんがいなくなった世界に意味なんてないから……」

「はい! そこまで……!」

「ご、ごめんね……」


 なんっていうか、よく分からないけど……。

 先生……、危なっかしくてほっておけない。


「…………ごめんね。嫌いにならないで……、あかねくん」

「何も言ってませんよ……。そして、もう泣かないでください」

「ごめん……。私やっとあかねくんと出会ったのに……、別れるのを想像したらすぐ怖くなって……。涙が止まらないよ……」

「…………バカ、そんなことしませんから心配しないでください」

「う、うん……。本当?」

「はい。それよりプリン買ってきましたけど、食べます?」

「食べる……。いや、食べさせて…………!」

「は、はい……」


 たまに……先生のことが年下に見えるけど、気のせいだよな。

 てか、成人女性にプリンを食べさせる高校生って……。


「あーん」

「あーん!」


 先生……泣いてるけど、ちゃんと食べてる。えらい。


「甘い……!」

「そうですか? よかったですね……」

「ごめんね。今日……、ずっと落ち込んでて夕飯作れなかった」

「いいえ。大丈夫です。適当に食べますから……」

「でも、前におかずたくさん作っておいたからね! いっぱい食べて!」

「いつもありがとうございます! みなみさん」

「ひひひっ」

「ど、どうしましたか?」

「なんか、すっごく嬉しくて……あかねくんのことをぎゅっと抱きしめたい!」

「きょ、今日は勘弁してください……」

「えええ!」

「俺……、ずっと抱きしめられて……」

「えええ!」

「もう…………」


 結局、先生に抱きしめられたまま夕飯を食べる俺だった。

 マジで子供みたい。

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