37 バレンタインデー

「星宮先生! これ!」

「えっ? 私に……?」

「はい!」

「あ、ありがとうございます……!」


 朝からたくさんの女の子たちにチョコレートをもらってしまった。

 バレンタインデーは女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日だったはずなのに……、どうして私にチョコを……? 初めてたくさんのチョコレートをもらった私にはよく分からないことだった。


「…………」


 ということは……、あかねくんもたくさんの女の子たちにチョコレートをもらう可能性が高い。そして……普段はそんなことに興味ないって顔をしてるけど、実際チョコレート好きかもしれないし……。私もまだバレンタインデーについてあかねくんと話したことないから、こっそり壁の後ろであかねくんを見つめていた。


 私、なんで……生徒の尾行を……。


「あ、あの! 九条先輩ですよね?」


 やっぱり……! しかも、一年生……!

 可愛い。年下の女の子にチョコレートをもらうのは、男の子にとってすごく嬉しいことだよね……?

 いけない、急にテンションが下がる……。


「誰……?」

「あの……、チョコレートを……! バ、バレンタインデーだから!」

「ああ……、そういうことだったのか。ごめん」

「は、はい? どうしてですか? 別にお礼とか……いらないんです!」

「いや、そういうことじゃない。俺……好きじゃないからチョコレート」

「えっ? 嘘。先輩、チョコ嫌いでしたか?」


 それはこっちのセリフだよぉ……。

 本当に……? えええ。


「うん。だから、それは好きな人にあげた方がいいよ」

「…………はい」


 私、どうしよう……。三日間練習して……、昨日も深夜の二時まで頑張って作ったのに……。あかねくんに「チョコ好き?」って聞くのをうっかりしてしまった。それより、高校生なら普通にチョコとか好きじゃないの……? 今まで当たり前だと思っていた私がバカみたい。


「ううぅ……」


 一人でずっと悩んでみても、……ダメなのはダメだよね。

 なんか、涙出そう……。


「うん? 先生? ここで何をしてるんですか?」

「あか……九条くん! あ、あの……自販機に行こうと……」

「えっ? 自販機ならすぐ後ろにありますけど……?」

「だ、だよね!」

「…………何かあったんですか? 先生」

「ど、どうして?」

「何かあった時の顔ですよ。今」

「な、なんでもない! それより! 今日は……その、九条くんの家に行くから」

「はい。待ちます」

「うん!!」


 結局、言えなかったぁ……。


 ……


 その後……、チョコレートのことでずっと悩んでいた。

 頑張って作ったチョコレートだからあかねくんにあげたいのに、さっきの話で勇気が出ない。

 まさか、チョコレート嫌いだなんて……。


「うう……」


 仕事に集中できないよぉ……。


 そういえば、あかねくん……萩原さんのチョコレートも断ったよね。

 二人は中学生の時からずっと友達だったのに……、あかねくんは萩原さんのチョコレートを断った。それって、私のチョコレートも断られるってこと! どうしよう、不安の塊がますます大きくなる。


 仕事……、仕事をしよう。


「ううん……」


 ずっとそれで悩んでいたら、いつの間にかあかねくんの家に来てしまった。

 時間って本当に早いね。こういう時だけ……。


「ただいま……」

「お帰り! あかねくん!」


 仕方がない! 勇気を出して、手作りチョコレートをあげるんだよ! みなみ。


「みなみさん、今日もお疲れ様です」

「へへっ、あかねくんも」

「なんか、いいことでもありましたか……? 学校で話した時は少し心配しましたけど」

「えっ? べ、別に……。あの、あかねくん……今日なんの日なのか知ってる?」

「今日? あ……、確かに今日はバレンタインデーですね」


 早く……。


「うん。あの……、あかねくんはチョコ嫌いだよね?」


 このバカ。


「別に……」

「えっ! で、でも! 今日学校で……! 好きじゃないって言ったよね?」

「ああ、それは……仕方ないですよ。自分で買ったチョコなら普通に食べるけど、誰かにチョコをもらってしまうと……お礼をしないといけないから……。もちろん、お礼はいらないって言われました。それでもその雰囲気とかいろいろ面倒臭いし、断った方がいいと思って」

「そ、そうだったんだ……。じゃあ! こ、これ……あげる!」

「えっ?」

「私のて、手作り! チョコ……だよ」


 勇気を出して、あかねくんにチョコレートを渡した。

 頑張ったから……あげないのももったいないし、あかねくんのために作ったチョコを自分の手で捨てるのもできないから。いっそ、断られてあかねくんが私のチョコを捨ててほしかった。


 悲しいけど、そっちの方がいいと思っていた。


「嬉しいです。みなみさん。チョコ、ありがとうございます」

「えっ?」

「えっ? どうしました?」

「私、断られるかもしれないと思ってたからね……。今ちょっとショック」

「ええ……、どうしてですか? 俺がみなみさんのチョコを断るわけないじゃないですか。まさか、今日一日それで悩んでたり……?」

「…………」


 こくりこくりと頷くみなみ。


「ええ……、すみません。毎年断ってきたから……、そしてみなみさんにチョコをもらえるとは思わなかたし……」

「あのね! 私、あかねくんのために頑張って作ったから……。私の前で食べてほしい」

「……はい」


 箱からチョコレートを出して、一口食べるあかねくん。


「甘い……。みなみさん、チョコも作れるんですね。すごい……!」

「へへへっ、作るのは初めてだったから本とかいろいろ買ってね! 私……頑張ったよ!」

「だから、学校で不安そうな顔を……」

「それは忘れてほしい!」

「ふふっ」


 やっぱり、あかねくんは違う。

 二人で話している間、あかねくんは私が作ったチョコを全部食べてくれた。

 チョコを食べてくれただけなのに、どうしてこんなにドキドキするのかな……?


「あっ、そろそろお風呂入ります!」

「あっ! うん! 準備しておいたから! ゆっくり……」

「…………」


 じっとこっちを見つめるあかねくん。


「どうしたの?」

「いいえ。みなみさん……、それくらい……自分でやりますから。き、気にしなくてもいいですよ……」

「どうして? 先に準備を終わらせたら、帰ってきた後すぐ入れるんでしょ?」

「そういう問題じゃないです……」


 あかねくんの耳、真っ赤になってる……。

 あ! もしかして……! 私のこと、意識してるのかな?


「どうして? 私、わかんな〜い」

「…………俺にも分からないから! 聞かないでください!」

「へへへっ、夕飯準備するから〜。ゆっくりしてね」

「いいですよ! 自分で食べます!」

「へへへっ」

「…………みなみさん、意地悪い」

「ええ〜? なぜ〜? 私、わかんな〜い!」

「…………」


 可愛い、あかねくん。


 そして今年のバレンタインデーはめっちゃ楽しかった!

 こういうの初めてだよ!


「好きぃ…………」

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