36 九条みお

 珍しく、今日は予定があるって先生からラ〇ンが来た。

 そしてすごい量の絵文字とともに「ごめんね」って謝る先生。さりげなく「一日くらい離れても全然大丈夫です」って答えた俺は、電話で約十五分間先生に怒られてしまった。次はもっと良い言葉を選んだ方がいいかもしれない。


「はあ……、疲れたぁ」


 もう二月か、時間は本当に早いな……。

 そして一月から先生と暮らしていたからか……、部屋が先生と出会う前より少し明るくなった気がする。壁の可愛い飾り物とか、薄桃色のカーテンとか、うちになかった物がどんどん増えてるし。それに先生の私物もどんどん増えていて……、もはや同棲そのものだ。知らなかったけど、俺がプレゼントしたクマのぬいぐるみも今は俺のベッドに置いている。


 でも、今日は先生がいない。


「…………」


 久しぶりの一人ご飯、なぜか寂しくなる。

 うち、こんなに広かったっけ……?


「まあ、いつもそばに先生がいたから……仕方ないか」


 ピンポン。

 ドンドン。


 いきなり、ベルの音とともにドアを叩く音が聞こえてビクッとした。


「誰だ……? こんな時間に……」


 先生か? でも、先生は鍵を持ってるからベルを押したりしない。

 じゃあ、この時間にうちのベルを押す人は……誰だろう。


「えっ……」

「ヤッホー」

「なんだ。みお……かよ」

「あかね! お姉さんにその言い方はよくないよ! 生意気!」


 この人……北海道で勉強しているはずなのに、いつ卒業したんだろう?

 それより、来るなら連絡くらいしろ!


「入っていい?」

「うん」


 九条みお。彼女は俺のお姉さんだ。

 俺が高校に入って一人暮らしを始めた頃、みおはそばでいろいろ手伝ってくれたけど、それでも俺には少し苦手な人だった。


「久しぶりだね。この部屋」

「みお、来るなら連絡くらいしろ……」

「へへっ、これ! プレゼント!」

「なんだ?」

「板チョコだよ! バレンタインデー当日は病院に行かないといけないからね」

「そっか……。ありがと……。あ、あの……お母さんはどう? 元気?」

「うん。あかねは心配しなくてもいい、何かあったらすぐ言ってあげるからね?」

「うん」


 お母さん……、元気でよかった。

 定期的に連絡はしてるけど、いつも自分の体より俺のことを心配してくれるから。そしてお見舞いに行きたいって言っても、全部断られて俺にできるのはお母さんのことを心配するだけだった。


 なぜ、ダメなのか。お母さんはそれを言ってくれなかった。

 だから、お見舞いに行くのはいつもみおだけ。


「あかね」

「うん?」

「久しぶりだし……、ハグしていい?」

「ええ……」

「な、何? その顔は……」

「子供じゃあるまいし……」

「でも、あかね……。幼い頃にはいつも———」

「それは小学生の時の話だろ! い、今は成長したから!」

「まだ高校生でしょ〜?」

「うるさい! みお!」

「ハグ〜」

「…………面倒臭い、みお!!」


 仕方がなく、みおに抱きしめられた。

 そして……みおの匂いはあの時のことを思い出させるから、俺は中学校を卒業してすぐみおを離れた。すべては幸せになるため。中学生の時にいろいろあったから、なるべくみおの顔を見たくなかった。


 でも、今俺の目の前にいる。


「やっぱり、私がそばにいてあげないとダメだよね? あかね〜」

「今はいい。一人で生きていけるから……」

「バイト、頑張ってるってお母さんに聞いたよ」

「そっか」

「もう心配しなくてもいい、私がここにいるからね」

「いいよ。俺……一人で全然大丈夫だから心配しなくてもいい。そして、みおはみおの人生を生きろ……」

「…………ねえ、チューしよっか?」

「な、何言ってんだよ! みお! 俺たちが家族だったことを忘れるなぁ———!」

「いいじゃん〜。あの時も毎晩チューしてあげたから……」

「帰れ……、みお」


 うっかりしていた。みおは幼い頃からこんな人だったよな……。

 あの人……、俺が抵抗しなかったらきっとキスまでしたはずだ。


「へえ、なんか女の子の部屋みたい。まさか、あかね! 女の子と同棲してたり?」

「…………そんなわけないだろ?」


 今日は先生がいなくて本当によかった。


「本当に……? まあ、友達が増えるのはいいことだから! お母さんも心配してたし! もし寂しくなったら、私のところに来て! うちのベッド広いから〜」

「自分の弟に変なこと言うな! ところで、何しに来たんだ?」

「仕事で私もこっちに来ちゃったから! 時間けっこうかかちゃったけど、もう一人じゃないから心配しないで! あかね」

「うん。ありがと……」

「でも、普段は仕事で忙しいからね。何かあった時はすぐ私に連絡して」

「うん」


 チュッ♡

 それはあっという間だった。


「はあ?」

「…………」


 笑みを浮かべるみおが、さりげなく俺の頭を撫でる。


「あはははっ、油断したね〜」

「み、みおぉ……」

「久しぶりだから、挨拶だよ。挨拶〜」

「そういうことなら彼氏とやった方がいいぞ」

「ええ……。ひど〜い! 私はあかねにチューしたいのにぃー!」

「…………」


 疲れた。


「今日は運がいいね。高校時代の友達に会って、あかねにチューしたから! もう死んでもいい……」

「死ぬな……。てか、ここにみおの友達がいたのか? 不思議だな」

「うん! うちに来たことあるから、あかねも知ってるはずだと思う! 名前はみなみ、覚えてる?」

「…………」


 まさか……先生のこと?


「やっぱり、覚えてないんだ……。でも、あの時は小学生だったから仕方ないか」

「まあ……」


 今は何も言わない方がいいかもしれない。

 こんな偶然があってもいいのか?

 マジかよ。みお。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る