33 新年③

 一応マンションの前に着いたけど、この後は先生の家に行かないとダメだよな。

 そしてラ〇ン……まだ確認してないから、先生が何を送ったのか分からない。確認するのも怖いし、めっちゃ怒ってるような気がして無理だった。とはいえ、先生の連絡をずっと無視するのもあれだから、家で冷静を取り戻した後、先生に電話しよう。


 うん、今はこれでいいと思う。

 よっし。


「…………えっ?」

「お、お帰りなさい……あかねくん。そして明けましておめでとうございます」


 なぜか、家で俺を待っている先生だった。


「みなみさん、どうして……うちに?」

「早く……会いたくて……。私……、居ても立っても居られなくて……あかねくんの家に来ちゃった……」

「そうですか……」


 先生の声……めっちゃ震えてるし、それに目が腫れてる。多分……泣きすぎだからだろう。大人だから一日くらい耐えられると思ってたのに、俺がいなくなるとすぐこうなってしまうのか? 一体、先生は今までどんな人生を生きてきたんだろう……。心配になる。


「なんで、電話もラ〇ンも全部無視するの……? ちゃんと返事するって言ったじゃん! 約束、したじゃん! 私と!」

「は、はい……。そうですね」

「なんで、なんで……? 返事くらい……やってもいいじゃん。そんなに難しいの? 私に返事をするだけなのに……」

「あの……、みなみさん! お、落ち着いてください!」

「私、本当にあかねくんしかいないから……。返事をずっと待っていたのに、寂しいからずっと待っていたのにぃ……!」


 大声を出す先生。


 こうなった以上、先生に何を言っても無駄。

 完全にパニック状態だった。


「すみません……。次はちゃんと……返事します」

「わ、私……怒るために来たんじゃないから……。そ、そんな顔しないで……。ごめん……」

「い、いいえ……。次の年末は、一緒に過ごしましょう……。まだ遠いんですけど」

「じゃあ、今年の年末はずっと一緒なの?」

「多分……」

「はっきり言って!」

「はい! そうです!」

「うん……。ごめん、あかねくんに大声を出して……ごめんね。そうするつもりじゃなかったのに、寂しくて……、悲しくて…………。本当にごめんね」

「いいえ」


 そう言いながら俺に抱きつく先生、二人は玄関でじっとしていた。

 年上の女性がこんな風に甘えてくるなんて……、正直どうすればいいのか分からない。俺は帰ってきたばかりなのに、先生に抱きしめられて……。それに、いろいろ変なところも触れてるからマジやばい状況だった。


 俺から離れてほしいけど、今はそれを口に出せない。


「あかねくんの鼓動すごい……。めっちゃドキドキしてる」

「…………今は何も言わないでください」

「なんか……、いいね! すごく気持ちいい音がする……」

「もういいです……! 離れてくださーい!」

「嫌だよ! 昨日、萩原さんとずっと一緒だったんでしょ? 今は私の番だから! あかねくんが我慢して!」

「はあ? なんの話ですか! 俺、何もしてませんよ!」

「何もしてない? あかねくんから萩原さんの匂いがするのに……、何もしてない? 私が知らないと思ってたの?」

「…………えっ?」

「何もしてないと言うのは卑怯だと思う。私、そういうの嫌いだから……」

「…………」


 目色が変わった……? それに先生は委員長の匂いを知ってたのか……?

 先生は普段から香水をつけるから……、その匂いだけはちゃんと覚えてる。でも、委員長がそばに来た時はなんの匂いもしなかったから……、それを知っている先生がある意味ですごい。全然、気づかなかった。


 それに、先生……なんか怒ってるように見えるけど。


「すみません……」

「今度は許してあげる。でも、またあかねくんから他の女のがしたら……、その時は絶対許さない。分かった……?」

「は、はい……」

「いい子だね」


 俺の頬をつねる先生が、いつもの先生に戻ってきた。

 笑う時はこんなに可愛いのに、どうして……。


「はあ…………、眠い」

「みなみさん、寝不足ですか……?」

「うん。夜更かしして……、あかねくんの返事を待ってたよ」


 嘘だろ……?


「夜更かしをするのはやめてください。体に良くないから……」

「誰のせいだと思う……?」

「す、すみません……」

「今から寝る。あかねくん、ついてきて」

「はい? 俺、全然眠くないんですけど……?」

「そばにいてほしいの! このバカ!」

「はい……」


 ずっと泣いて、俺に連絡をして、きっと疲れたはずなのに……。

 それでも我慢して俺を待っていたのか……、俺にそんな価値ないんだけど……。


「あかねくんの服、貸して……」

「あっ、はい」

「着替えるから……あっち見て」

「あっ、それなら外で待ちます……」

「ううん。そこにいて」

「は、はい……」

 

 やばい、部屋が静かだから服を脱ぐ音がちゃんと聞こえる。

 めっちゃ恥ずかしい、恥ずかしすぎてすぐ顔が真っ赤になる俺だった。

 自分でもそれが感じられる。


「こっち見てもいいよ」

「はい……。それより、次は…………外……。先生、ズボンは?」

「邪魔……、そして今から寝る。そばにいてほしい……、そばに……」

「分かりました」


 反論できない。


「手」

「はい」


 当たり前のように、俺のベッドで寝る先生。

 俺たちがこんな関係になってしまったのはすべてあの日……酔っ払った先生を家に連れてきたのが原因で。すぐ乗り越えられると思っていたそのトラウマは、ずっと先生を苦しめていた。それが消えない限り、この関係は終わらない。そしてこんなに綺麗な先生が俺のことを好きになってくれるわけないのに、たまにドキッとするから困る。


 今は頼れる人がいないから……。そう、頼れる人がいないから…………それだけ。

 余計なことは考えないように。


 ……


「…………」


 寝ている先生を見て、ふと思い出したこと。


「みなみさんはどうして……俺にそんなことを言うんですか?」


 答えてくれるはずないのに、なぜか独り言を言う俺だった。


「好きだから…………」

「えっ?」

「…………」


 もしかして、寝言なのか……?


「み、みなみさん……?」

「…………」


 それから何も言ってくれない先生。


「…………」


 やっぱり、寝言だったんだ……。

 え……、怖い。

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