23 いつもと違う夜

 危ねぇ……、俺が断らなかったらそのまま先生のそばで寝るところだった。

 しかし、この部屋めっちゃ広いから落ち着かない……。

 うちだったら、普通に寝れるはずなのに……、慣れていない先生の部屋で今はただ目を閉じるだけだった。


 ずっと寝たふりをして、明日が来るのを待つ。


「…………」


 でも、やっぱり寝れないな……。

 それに隣のベッドで先生が寝てるし、余計に気になる。

 どうせ、このままじっとしても寝れないから、俺は夜空が見えるキッチンでこっそりスマホをいじっていた。


「そういえば、お金送るのをうっかりしてたよな……。俺」


 そして、お母さんのラ〇ンに気づく。


「お母さん……、元気でよかった。てか、こんな時間にラ〇ンを……?」


 今、電話をするのは無理だよな。

 たまにはお見舞いに行きたいけど、お母さん……そういうの嫌いだからずっと断ってるし。親戚の人に「大丈夫」って言われても、心配になるのは仕方がない。早く元気になって退院してほしいけど、まだまだ……時間が必要らしい。


 でも、お母さんのそばにはあの人がいるから……いっか。

 カップの縁を触りながら、お母さんのプロフを見ていた。


「あかねくん……、ここで何してるの……?」

「あっ、先生」

「ちが〜う」

「あっ、はい……。みなみさん!」

「そう。それで、何してたの……?」

「ちょっと……。寝れなくて、水を飲もうと……」

「誰かと連絡してたんでしょ……?」

「は、はい。お母さんから連絡が来て……」

「ふーん」


 さりげなく、後ろから俺を抱きしめる先生……。

 さっきまで寝ていたはずなのに、もしかして俺が起こしてしまったのか。


「俺はもうちょっと……ここにいますから、先に入ってください」

「いやよ。あかねくんがいないと、私……寝れないから」

「はい……? 先まで寝てたんじゃ……」

「知らないよ。とにかく、一緒じゃないと寝れないー!」


 振り向いてすぐ先生に一言言ってあげようとしたけど、ぼーっとしてこっちを見つめる先生の可愛い顔に、俺は何も言えなかった。きっと、仕事と運転で疲れたはずなのにな。早く寝た方がいいと思うけど、俺がいないと寝れないって……彼氏でもあるまいし……。そんな恥ずかしい言葉を、さりげなく口に出す先生が怖かった。


 そして、一つ気になることがあるけど……。


「みなみさん、ズボンはどこに……?」

「あ……、ズボンはね。邪魔だから部屋出る時に脱いじゃった……」

「ダメですよ……! なんで、そんなに無防備なんですか? 俺は! ここにいますよ? 一応、男が目の前にいますから注意してください。みなみさん!!」

「ううっ……、怒られたぁ……」

「そんな風に脱ぐのは結婚してから……。いや、彼氏の前でやってください。俺は恥ずかしいんですよ……。その格好」

「ええ……。じゃあ、彼氏になってくれる……?」

「えっ? みなみさん、早く寝てください。すごく疲れてるように見えます」

「いや〜」


 なんか、やってはいけないことがやりたくなったけど……。

 やっぱり、そんなことはダメだよな。


 もうちょっと……、一人の時間が欲しかったから。


「…………じゃあ、連れてて」

「はいはい。みなみさんは、先に寝てください」

「ねえ、本当に一緒じゃダメなの……? あかねくんがいないと寂しくなるから、いやよ」

「…………」


 先生は、甘えん坊……。


「えっ……?」


 幼い頃にお母さんがずっとこうやってくれたから、今までちゃんと覚えている。

 先生は俺より年上だけど……、ずっと不安な顔をしていたから。


「すぐ行きますから……、ちょっとだけ。一人の時間をくれませんか?」

「…………あ、あ、あ……。じゃあ、十分……だけだよ?」

「十五分じゃダメですか……?」

「じゃあ、十五分……」

「ありがとうございます。みなみさん。そして、生意気なことをしてすみません」

「いや……、別に……嫌いじゃないから……」

「はい」


 猫でもあるまいし……。

 先生の頭を撫でただけなのに、めっちゃ幸せな顔をしている。てか、やっぱりこういうのはよくないと思う。めっちゃ恥ずかしいし……、生徒の俺が先生の頭を勝手に撫でるなんて……。先生を安心させるためだったけど、初めて女性の頭を触ったからか、なんか落ち着かない……。


 そして、急に顔が熱くなる。


「居間、寒いかもしれないのに……」

「大丈夫ですよ。うちも寒いから、これくらい平気です」

「…………うん」


 扉を閉じた後、居間のソファに座る。

 やっと一人の時間ができて、静かにスマホを見ようとした。


 うん、俺はそうするつもりだった……。


「え、えっと。みなみさん……?」

「うん」

「どうして……ここに?」

「気が変わった。私、あかねくんのそばでじっとするから……! もし、寝落ちしてしまったら連れてて……」

「そうですか……。はい」


 やっぱり、こうなるのか。

 そして俺の努力は……、水の泡になってしまった。


「…………」


 てか、先生……じっとこっち見てるし……。

 スマホを見ていてもその視線が感じられる。


「あかねくんも、家族としか連絡しないんだ……」

「は、はい。そうですね。店長と委員長と、お母さんくらい」

「そういえば、萩原さんと本当に仲がいいね……」

「そうですか? 委員長とは学校の話ばかりなんで……」

「そう……? なんか、勝手にスマホを覗いて……ごめんね」

「大丈夫です。みなみさんは……些細なことですぐ不安になりますから、少なくとも俺と一緒にいる時は不安にさせたくないんです。気になることがあったら、なんでも聞いてください」

「あかねくん、好きぃ…………」


 そう言いながら俺に抱きつく先生、ベッドで寝てもいいのに……ここで寝落ちするのか。

 本当に、無防備すぎ……。


 でも、一人ぼっちの時とは違うような気がする。


「…………俺じゃなきゃダメ、か……」


 ふと、先生の言葉を思い出す。

 それでも俺は動揺しない、先生が何を言っても俺は……絶対動揺しない。してはいけない。

 俺たちは……友達だから。


「あかねくん……のバカァ……」

「……っ、寝言か……? もう……びっくりさせないでください」


 仕方がなく、先生を部屋に連れていった。

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