21 誰かと一緒②

 女性の家に行くのは初めてだった。

 そういえば、俺……委員長の家にも行ったことないのに、今先生の家に来ている。

 今日は大丈夫だよな……? 俺。


「お、お邪魔します……」

「入って、入って〜」

「…………」


 てか、女性の家って普通こんな感じなのか……?

 いや、違うよな。先生の家には何もなかった。

 普通なら……、女らしい物とか、そういうのが置いているはずなのに……。先生の家は本当に空っぽで、最低限の家具と電化製品しか置いていなかった。なんか、不思議っていうか、俺には引っ越してきたばっかりの家にしか見えない……。


 先生はここで一人暮らしをしているのか……と、疑問を抱く。

 それに玄関にはゴミ袋もたくさんあったし……、なんだろう。


「ねえ、先にお風呂入る?」

「えっ?」

「うん? どうしたの? 今日、泊まるって言ったよね?」

「あ……、はい。そ、そうです!」


 そうだ。今日は先生の家に泊まるって、そう言っちゃったよな……。


「着替えは私が用意するから、今入る……? 今日は金曜日だし、ゆっくりしてもいいよ」

「あっ、はい。ありがとうございます!」


 ……


 俺は風呂の中でぼーっとしていた。


「…………ん?」


 これ……、先生の匂いだな。

 どっかで見たことある高級ブランドのシャンプーとボディーソープ。だから、いつもいい匂いがしたんだ……。そういえば、安田も先生の匂いめっちゃ好きって、クラスメイトたちに言ってたよな。なんで、あんなことしか覚えてないんだろう、俺は。


 でも、本当にいい匂いだ……。


「着替え、ここに置いておくから……!」

「ありがとうございます!」


 ずっと風呂の中にいるのもあれだし、出るしかないよな。

 なんで、俺は先生の家に行くって言ったんだろう……。

 急に恥ずかしくなる。


「…………ん?」


 一応、着替えって言われたけど、なんか……男のサイズだな。これ。

 先生、今は一人で暮らしているはずなのに……、どうして男の服があるんだろう? 気のせいかな。まあ、先生もたまに大きいサイズの服を着るかもしれないし、サイズがぴったりだったのは気にしないことにした。


 そして、洗面所を出る前に冷静を取り戻す。


「あ! あかねくんだぁ〜」

「お風呂、ありがとうございます。すごく広くて気持ちよかったです……」

「よかったね……。制服、ちょうだい! かけておくから!」

「い、いいえ……!」

「いいから、早く!」

「は、はい……」


 なんだよ……。この状況は……。


「じゃあ、私もお風呂入ってくるね〜」

「はい」


 それから先生が出るまで静かにスマホをいじっていた。

 一応先生の家に泊まるって言っておいたけど、特にやることもないし……。それにこの家めっちゃ広いから落ち着かない。こんな広い家で一人暮らしだなんて、先生がすぐ寂しくなる理由……なんか分かりそうだ。


 この雰囲気は、俺も無理……。


「あかねくん! 遅くなってごめんね。あったかくて、すっごく気持ちよかった〜」

「そ、そうですか……。うん?」

「どうしたの?」

「先生、その服……」

「あっ! 気づいたの? これ、あかねくんが着てる服と同じ服! つまりペアルックってこと!」

「…………」


 生徒の前で堂々とペアルックって言うんですか……。

 やっぱり、これがやりたかったのかな……?

 そして、ニコニコしている先生がさりげなく俺のそばに座った。


 いけない、冷静を取り戻そう。


「こたつはいいよね〜」

「そうですね。で、先生」

「う〜ん?」

「ここ狭いから向こうに座ってくれませんか?」

「ここがいいの〜」

「は、はい……」


 さて、予想したことよりもっとやばい状況になってしまったけど、今からどうすればいいんだろう。


「うち何もないから、迎えに行く前に急いでこたつを出しちゃった……。へへっ」

「へえ……。先生、引っ越してきたばかりですか?」

「あ……、うん! そんな感じ!」

「確かに、家は広いけど……何もないんですね」

「だよね〜。ぬいぐるみとか、買っておいた方が良かったかもしれない。だから、あかねくんと一緒にいたかった。一人じゃすぐ寂しくなるから……」

「そうですね……」


 コーヒーを飲む俺と、ケーキを食べる先生。

 これじゃ……恋人とクリスマスイブを過ごすことと同じだろ。


「ひひっ。おいひい〜」


 横髪を耳にかける先生は、フォークで切ったケーキを食べながら幸せな顔をしていた。確かに一人で食べることと、二人で食べることは違うから……、その気持ちを分からないと言わない。


 先生、本当に可愛い顔をしている。


「で……、こんな時間にケーキを食べてもいいですか? 太りますよ?」

「…………大丈夫、今日は寝かせないから!」

「はい?」


 俺の聞き間違い……?


「せっかく、うちに来たから……。あかねくんといろんな話がしたい! もっとあかねくんのことが知りたい!」

「ああ、そういう意味でしたか」

「うちに来てくれてありがと……。そして私……あかねくんとこうやって、二人っきりの時間を過ごすのが好き」

「そうですか? 俺も……先生といろんなことを話して、一緒に何かを食べるこの時間は悪くないと思います」

「うん……。癒される! 私、あかねくんと一緒にいるのが好き!」


 いや、やっぱりこれはよくないと思う。

 なんで……、先生がどんどん俺の中に入ってくるんだろう……。


「…………」


 テレビをつけて、俺の肩に頭を乗せる先生。

 本当に……、もう俺たちの間には距離感などなかった。


 先生は自分がやりたいことをやるだけ、俺も知っている。

 一人は寂しいからな……。


「そういえば、今日……ビール飲まないんですね? 先生」

「うん。飲んでほしい?」

「いいえ。なんか、珍しいなと思って……」

「ビールを飲ませて……、私が酔っ払った後にいやらしいことを……」

「えっ? 違います。人聞きの悪いことを言わないでください」

「ひひっ。何もやってないのに、すっごく楽しい〜。不思議〜」

「そうですか……」


 そう言いながら俺に抱きつく先生。

 あ……、先生……これはちょっと。


 そのままじっとする先生に、俺は何もできず、ただテレビを見つめるだけだった。


「…………っ」

「…………え?」

「…………」


 顔は見えなかったけど……、先生は……静かに泣いている。

 きっと、元カレのことを思い出したはず……だよな。

 仕方がなく、啜り泣く先生の背中で撫でてあげた。


「…………大丈夫ですよ」

「う、うん……」


 やっぱり、我慢してたのか……。


「ごめんね……」

「何がですか?」

「面倒臭い女で……、本当にごめんね……」

「そんなこと気にしてません。今日はたくさん泣いて……、忘れましょう」

「うん……」


 そして、ぎゅっと俺を抱きしめる先生。


「…………今日は、離れないで……」

「ここにいますよ……。先生」

「うん……。ありがと」


 心が弱くて、すぐ俺に甘えてくるこの可愛い先生を……。

 一体、どうしたらいいんだろう。

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