20 誰かと一緒

 十二月二十四日———。

 まだクリスマスは来てないのに、たくさんの人たちがケーキを買いにくる不思議な日。予約もたくさんあったし、恋人同士で買いにくる人もたくさんいて、なんか本格的なクリスマスって感じだった。


「ありがとうございます〜」

「これ一つ、お願いします〜」

「は〜い!」


 昨年はホワイトクリスマスじゃなかったからか、今年は人が多いな……。

 それに明日も雪が降る予定って天気予報で聞いたから、今年は100%ホワイトクリスマスになりそうだ。


「ありがとうございま〜す!」


 みんな……、楽しそうな顔をしている。


「あかね〜」

「はい。店長」

「明日だぞ……」

「明日……、ですか?」

「そうだ! クリスマスのこと! ケーキがたくさん売れても、俺は全然嬉しくないんだよぉ……!」

「えっ? そ、そうですか?」

「彼女、欲しいな……」

「へえ……。確かに、今日はカップルが多かったんですね……」

「そうだ! クッソ、羨ましい!!」

「はいはい……。そろそろ片付けましょう」


 昨年も……彼女欲しいって言ってたよな。店長。

 うん、彼女か……。俺にも余裕ができたら、いつか店長みたいに「彼女欲しい」って言えるかな……? とはいえ、今の俺にそんな贅沢な悩みをする暇はないから、今年も当たり前のように店長を慰める俺だった。


 そういえば、何かをうっかりしたような気がするけど……。


「おい、電話来たぞ。あかね」

「はい? そ、そうですか?」

「さっきからずっと電話来てたような気がするけど……。まあ、今は暇だし、休憩入ってもいいぞ」

「はい〜」


 電話? そういえば……先生から電話が来る予定だったよな。

 忙しくて全然気づかなかった。

 まさか、怒ったりしないよな……? 先生は、俺が電話に出ないとすぐ怒るようなイメージだから、スマホを見つめながら少し悩んでいた。


「…………ん?」


 待って、不在着信……ちょっと多くね?

 スマホのロック画面に表示された不在着信は四十八件、いつから電話をかけたのかすら分からなくなるほどたくさんの不在着信が来ていた……。

 なんか、怖いな……。


「先生……」


 それにラ〇ンもたくさん来てるし……、本能がやばいって叫んでいる。


『電話!』

『電話!!』

『電話!!!』

『電話!!!!』


 うわぁ……、これじゃ怒られるよな……。

 それでも、一応電話をかけることにした。


「もしもし……。せ、先生……?」

「…………っ、…………っ」


 まずい、なんか泣いてるような気がする……。

 まさか、電話に出なかったからか……? いや、先生も学校の仕事とかあるはずだから、俺は十時頃に電話をするつもりだったけど……。なんで、電話に出て泣いてるんだろう。


 それから五分間、じっとして先生の泣き声を聞いていた……。

 時間は夜の九時三十分。そろそろ帰る時間だけど、この状況をどうすればいいのか一人で悩んでいた。


「せ、先生? どうしましたか……?」

「ラ〇ンも、電話も、全部無視されて……。悲しい……」

「バイトだから、仕方ないんですよ」

「だって……! 私、全部無視されたから! 不安になって……。それにあかねくんが他の女の子と一緒にいるかもしれないし……」

「はい。そこまで! 今日はクリスマスイブだから忙しかっただけですよ。それに今日は先生の家に行くって約束しましたよね……? そんなことをする暇ないんですけど……?」

「うん……。今、迎えに行ってもいいかな?」

「はい。店の前にある駐車場で待ちます」

「うん! そこで待ってて! 今すぐ行くからね!!」

「はい!」


 先生、なんか分かりやすい。


 ……


 バイトが終わった後、雪が降る暗い空を眺めながら先生を待っていた。

 白い息が出るほど寒いのに、先生はどうして迎えに来るんだろう……。


「あかねくん! お待たせ……!」

「あっ、先生。すみません、わざわざここまで……ん?」

「うん? どうしたの?」

「先生……、学校にいる時と雰囲気がちょっと変わったような……」

「そ、そうかな……? せっかくだし! ちょっと力入れてみた!」

「そうですか?」

「ど、ど……? 髪型とか、いろいろ……」

「…………先生は何をしても可愛いですよ。さすが、美人」

「うう———っ!! 嬉しい———」


 なぜか、背中を叩かれる俺だった。


「そうだ! あかねくん、寒いよね? 私のマフラー巻いてあげるから!」

「えっ? い、いいです!」

「いいよ! 遠慮しなくても!!」

「…………」

「やっぱり、男だから背が高いね〜」

「す、すみません……」


 なんだろう……、この感覚は。

 なぜ、こんな時にあの人の顔を思い出すんだろう……。


「ふふっ、あかねくんに似合う色でいいね」

「はい? ピンクがですか?」

「うん! 可愛いからいいじゃん〜」

「はい……」


 マフラーから先生の匂いがした。

 あ、これか? 店長の気持ち……、今なら分かりそうな気がする。冬は寂しい季節だから、一人じゃ心の寂しさを埋めるのはできないよな……。俺に笑ってくれる先生を見て……、ふとそれに気づいた。


 そっか、それが「寂しくなる」ってことか。

 俺はそれに慣れていたから、うっかりしていた……。


「ねえ! あかねくん! 手繋ごうか!」

「えっ? それはちょっと…………」

「うん……。ごめんね……」

「あ、謝らなくても……、それより早く行きましょう。先生、今日は一緒にいたいって言いましたよね?」

「うん!! 行こう行こう!!」


 どうして、先生はそんなに積極的なんだろう……。

 そんなこと、別に悪くないと思うけど。でも、先生が俺に抱いているその感情が、もし「恋」だったら……。俺は先生に何をやってあげればいいんだろう。もちろん、先生が俺にそんなことを感じるわけないと思うけど……。さっきのラ〇ンや電話、そしてさりげなく「手繋ごうか!」と言う先生の言動に、俺は余計な心配をしていた。


 本当に、よく分からない……。


「あっ! あかねくん」

「はい?」

「髪に雪ついてる……!」

「あっ、そうですか?」

「じっとして〜」

「は、はい」


 そして髪の雪を払ってくれた先生は、さりげなく俺の顔を触る。


「冷たい、寒かったよね……? あかねくん」

「あっ、いいえ。へ、平気です」

「ふふっ、そう?」

「はい……」


 その手はすごく温かった……。

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