四、二人っきりの時間

17 落ち着かないイブ

「…………なんか、暑いな」


 金曜日の朝六時半、なぜかすごくいい匂いとともに人の温もりが感じられた。

 なんか、人を抱きしめてるようなこの感覚……。

 この……感覚……。


「…………っ!」


 目が覚めた時、目の前ですやすやと寝ている先生が俺の腰に手を置いていた。

 昨日は……ちゃんとベッドまで運んであげたはずなのに、どうして俺の前にいるのかよく分からない。そして、スーツ姿だったはずの先生がなぜか俺のシャツを着てるし……。一体、何が起こったんだろう。


 俺は昨日のことを思い出そうとした。


「…………」


 ん、全然分からない。

 しかし、この状況はちょっと…………。


「ううん……。あったか〜い」


 先生、先生、先生……!! 寝言を言いながら俺を抱きしめないでください!!

 なんだよ……。先生の寝癖って……こんなに悪かったっけ?

 一応、先生を起こさないように少しずつ体を動かしてるけど……、なぜ俺が先生に腕枕をしてるのか全然分からない。


 どうして、こうなってなったんだろう……?


「ううん……。あかねくんだぁ……♡」

「ひっ……!」

「朝から、お化けを見たようなその反応は何……?」

「それより! なんで、先生がここにいるんですか……?」

「…………お腹空いたから、朝ご飯食べたい……」

「ん……?」


 えっ、それだけ……? しかとかよ……!


「最近、お肉ばっかりだったから……。た、たまには野菜とか食べないと!」

「…………」


 やっぱり何か知っている。先生は慌てているその姿を隠せなかった。

 てか、俺のシャツってそんなに大きかったのか……?

 まるで、ワンピースみたいになってるし……。昨日着ていたスーツは壁にかけられているから、先生が今着ているのはシャツ一枚だけ。それもある意味で危険だと思うけど、先生はあくびをしながらキッチンに向かっていた。


 あのバカ。


「私ね……! 実はこんなことやってみたかった……!」

「…………はいはい」


 これはやばいかもしれない。


 普段はストッキングはいてるからあんまり気にしてなかったけど、ツルツルの生足とギリギリお尻まで隠してくれるシャツの長さが本当にやばい。自覚がない先生もそうだけど……。なんか先生の方を見ている俺が……、まるで悪いことをしているような気がする。


 どうして、こうなってしまっただよ……。


「ねえねえ……! あかねくん、味見して! ん……?」

「…………」


 俺は何を考えてるんだ。変態かよぉ……。

 先生に近づけない理由が今着ているシャツ一枚だなんて、そんなこと恥ずかしすぎて絶対言えない。


「あかねくん……?」

「はい……」

「ど、どうしたの? 朝から、元気なさそうに見えるけど……」

「いいえ、なんでもないです……」

「ダメだよ! 体調悪いの……?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 今はこ、来ないでください!」


 恥ずかしすぎて、つい大声で叫んでしまった。


「えっ?」


 すると、ぼとぼと……床に落ちる涙の音が聞こえた。


「えっ? や、やっぱりこういうのは好きな人にやってもらった方がいいよね? 私また……余計なことを……」

「ち、違います!」

「ごめんね……。朝から、気持ち悪いことをして……。本当にごめんね……」

「…………せ、先生? は、話を……」

「私、やっぱり死んだ方がいいよね? 気持ち悪い女だよね? 朝から、当たり前のように料理とかして……。ごめんね……」


 やばっ、また先生のこと泣かせてしまった……。

 恥ずかしいから「来ないでください」って言っただけなのに、その一言が先生を傷つけるとは思わなかった。それより、先生……生徒の前でそんな格好は良くないと思いますけどぉ……。


 また、先生の涙を拭いてあげた。


「いいえ……。あの……、今はちょっと……」

「なんで……?」

「それはこっちのセリフです……! その格好はなんですか……? 先生!」

「あっ、これは……。昨夜、あかねくんの服を借りちゃったから……」

「いいえ。それじゃなくて、なんで下ははいてないんですか……?」

「えっ? あ……!」

「あ……!って……」

「う、うっかりしてね……。だって! 家にいる時も……、その……邪魔だからシャツだけ……だしぃ……」

「…………」


 つまり、癖ってことか……。


「先生、生徒の前でその格好は恥ずかしくないですか……?」

「…………聞かないで……」

「はい。早く着替えてください……」


 真っ赤になった顔で頷く先生、俺の顔もいつの間にか真っ赤になっていた。

 全く、先生は…………。


 ……


 そうやって今朝の騒ぎはひと段落……。

 そして、二人のお弁当を作った先生は俺より二十分早く学校に向かった。


「てか、お弁当作っておいたよって……。なんか、あれだよな……」


 先生に気遣われている。


 最近、先生との距離が縮まったけど……。それがいいことなのか、あるいは悪いことなのか……、よく分からなくなってきた。先生はそれが好きだからそうやってるだけだけど、俺は先生に何もやってあげられないから……少し負担を感じる。


 今はこの日常に慣れていくだけ……。


「九条くん、おはよう」

「あっ。せ、先生……! お、おはようございます」


 いつもと同じ時間に登校したら、廊下で先生が挨拶をしてくれた。

 てか、家にいる時と全然違うじゃん……。


「ふふっ」

「ど、どうして笑うんですか……」

「今日のお弁当……、愛を込めて作ったからね。いっぱい食べて!」

「が、学校でそんなこと言わないでください!!」

「いいじゃん。誰もいないし……」

「全く……、先生はもっと注意してください……」

「うん!」

「…………」


 てか、テンションめっちゃ高いし……。

 クリスマスイブだからか……。


「そして明日は……、ふふふっ♡」

「今、変なこと考えてましたよね? 先生……」

「えっ! 別に変なこと考えてないし……!」


 人けのない廊下で俺の頬をつねる先生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る