13 素朴な疑問③
それから十分くらい、俺と先生の間にはどんな会話もなかった。
静寂が流れる部屋の中で自分の膝を抱えている先生、俺は何を言ってあげたらいいのかずっと悩んでいた。つまり、先生は……。俺が委員長と一緒にお昼を食べたことと……、カラオケやクリスマスのイベントに誘われたことが気に入らなかった……ってことだよな……。
「…………」
こういうのは初めてだから、どうすればいいのか本当に分からなかった。
そして先生は何も言わず、さっきから部屋の隅っこでじっとしている。
「怒ってますか……? 先生」
「お、怒ってないし……!」
どう見ても怒ってる顔なんですけど……。
「先生……? そろそろ帰らないと……、明日も仕事ありますよね?」
「…………」
「せ、先生……?」
「…………」
この空気……、俺は先生に何を言ってあげたら……。
「わ、私みたいな女……。醜いよね……?」
「なぜ、そう思うんですか?」
「だって、変な妄想をして……。九条くんに変なこと聞いて……。私、また……」
「ス、ストップ! 先生、俺はそんなこと気にしないからリラックスしてください」
「うん……」
「…………はい」
「わ、私ね……。九条くんが萩原さんと一緒にいるのが怖くて……。なんか、初めてできた友達を他の人に取られるような気がして、耐えられなかったよ……。ど、どうしよう。私はどうしたらいいの……?」
「ええ……、そんなわけないじゃないですか〜」
「でも……!」
先生のそばに座って、その背中を撫でてあげた。
俺は生徒として先生とこんな状況にならないように頑張ってきたけど、先生本当に心が弱いんだから仕方がない。てか、俺は先生の恋人でもないし、ただ……そばにいる「友達」だけど……。そんな友達に「嫉妬」っぽい感情を感じてもいいのか? 勝手に嫉妬って決めつけたけど、どう見てもそれは嫉妬だよな……?
なんか、拗ねた彼女みたいだ。先生。
「嘘つき、友達いないって言ったくせに……」
「また……。でも……、先生との関係と委員長との関係は全然違いますよ? それくらい知ってますよね?」
「なんの話……?」
「出会って一ヶ月も経ってない人を家に入れたのは先生が初めてです」
「うん?」
「委員長とは中学生の頃からノートを借りる関係で、こうやって二人っきりで話したり、家で一緒にご飯を食べたりする関係じゃないってことです。そして、一度も委員長を家に連れてきたことないから……。当然ですけど……」
「じゃあ、私が初めてなの?」
「はい、そうです」
なんで、すぐ笑顔になるんだろう……。
そんなに心配してたのか……?
てか、同じクラスの委員長だから、委員長のことを無視するのは一人ぼっちの俺が完全に孤立されてしまうことと同じだった。だから、最低限の友達関係を維持しないといけない……。
悲しいけど、本当に友達がいない。
「じゃあ、萩原さんとは一緒に映画を見たり、ショッピングをしたりしないってことだよね? 九条くん」
「ううん……。てか、俺……女の子とそんなことをする暇ないんですけど」
「そ、そう? それはいいけど……、私と過ごす時間は……?」
「今一緒にいますけど?」
「そういうことじゃなくて!! あ、あの……! 私も九条くんと……、その……、いろんなことがしたいから!! だから、部屋にいる時だけじゃなくて……外でデートっぽいこととか……!」
「一応、先生ってことを自覚してください」
「むっ……、生意気!」
俺は正しいことを言っただけなのに……。
どうして、先生は俺の頬をつねるんだろう……。
「でも……、まだ一つ気になることがあるけど……」
「はい? なんですか?」
「萩原さん、普段から九条くんのことをあかねくんって呼ぶよね?」
「ああ……、それはそうですね」
「それって、私より特別ってことじゃん……!」
「でも、知らないうちに、そうなっちゃって……俺にもよく分かりません」
「男の子のことを下の名前で呼ぶ女の子は滅多にないから、やっぱりそう呼ぶのは仲がいいってことだよね……?」
「じゃあ、先生も俺のこと下の名前で呼んでください」
「えっ! いいの……?」
「それを説明するのも難しいし……、委員長にも聞いたことないから。だから、先生も下の名前で呼んでください」
一応、そう言っちゃったけど、本当に大丈夫かな……?
それから沈黙している先生に俺は何も言わず、そのそばでじっとしていた。
それより、先生そろそろ帰らないと……こんな遅い時間までうちにいるのはよくないと思う。
「本当に……? いいの?」
「えっ?」
「下の名前で呼んでも……」
「はい。えっ、ずっとそれを考えてたんですか……?」
「うん。元カレにも下の名前で呼ばれたことないから……。ちょっと悩んでた……」
「えっ?」
「じゃあ、呼んでみる!」
「は、はい……」
なんで、名前を呼ぶだけなのに顔が真っ赤になるんだろう……。
そして、うじうじしていた先生が震える声でこう話した。
「あ、あかねくん……」
「はい。先生」
「うう———っ! これ、心臓に良くないぃ……」
「えっ? そ、そうですか……? でも、学校にいる時は普通に九条くんでお願いします」
「二人の秘密だよね!!」
「は、はい……」
「じゃあ……、あかねくん!」
「はい?」
「あかねくん!」
「はい?」
「あかねくん!!」
「…………」
なんだ……。からかわれただけか。
てか、先生……めっちゃテンション上がってるじゃん。
「ひひっ♡」
「本当に……、子供みたいです。先生……」
「じゃあ、せっかくだから! あかねくんも私のこと下の名前で呼んでみて!」
「そ、それはちょっと……」
「えっ……、なんで?」
「一応、先生だから……」
「じゃあ、一回! 一回でいいから!」
「じゃあ、本当に一回だけですよ?」
「うん!」
やばい、俺も恥ずかしくなってきた。
「み……、みなみ……」
「…………っ」
「先生……?」
な、なんで泣いてるんだろう……。
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