10 久しぶりの休日②

 薄暗い部屋の中でじっとしている先生、それになぜか涙を流している。

 でも、こういうのは彼氏とやるべきことだと思うけど、いきなり指を舐められて少し緊張していた。そして冷静を取り戻した俺は……、どれだけ考えても先生がそんないたずらをした理由が分からなかった。


 どうして、俺にそんなことをやったんだろう?

 涙を拭いてあげた後、じっとして映画を見ていた。


「…………」


 そして、あかねの横顔をちらっと見るみなみ。


「く、九条くん……?」

「はい?」

「…………私のこと、嫌い……?」

「えっ? いいえ、また……そんなこと!」

「男の子にあーんとか、私初めてだから……。テンション上がって、つい……」

「えっ? 初めてって、先生元カ……。いいえ、そうですか」


 先生の前で「元カレ」って言っちゃったら、またネガティブモードになりそうで我慢した。あーんとか、そういうのは恋人同士でよくやることだと思うけど、先生にはそんな思い出すらなかったってことか……? それはおかしい。


 俺は彼女を作ったことないから、たまに委員長が言ってくれる話を聞くけど……。

 学校でイチャイチャするカップルはいつもくっついて頬にチューしたり、お互いのことを見つめたりするって言われた。そう……、最近の高校生すらそんなことを普通にやってるのに、あーんもやってくれない彼氏なんてこの世にいるのかと疑問を抱いていた。


 こんなに可愛いのに、どうして……彼氏に嫌われたんだろう。


「うん。元カレは何もやってくれなかったから……」

「えっ?」

「手を繋ぐのも、さっきみたいにあーんするのも……」

「あの……、先生。念の為、聞いておきますけど……」

「うん?」

「本当に、彼氏でしたか? あの人……」

「そうだよ? 初めて出会った時はけっこう優しい人だなと思ってたのに、なぜかどんどん変わっていくような気がしてね……」

「そ、そうですか……」


 そうか、これでなぜ先生がすぐ落ち込んでしまうのか少しは分かりそうだ。

 つまり……、愛情不足ってこと。

 先生は友達がいないから、ずっとそばにいる彼氏に頼っていたはず。でも、彼氏はわけ分からない理由で先生のことを大切にしてあげられなかった。そしていきなり振られた先生は、それに耐えられなかったから……俺とあんなことをしようとしたかもしれない。


 可哀想だな……。

 でも、そばに誰もいない時の寂しさを俺はよく知っていたから……沈黙した。


「大丈夫、今は……九条くんがいるからね……!」

「はい。先生のそばには俺がいます……」

「……えっ!」

「ど、どうしてびっくりするんですか?」

「初めて聞いた! どうしたの……? 九条くん……、ずっと私と距離を置いていたから。私、言えなかったけど、その距離感が嫌だった……」

「わ、分かりますか……? てか、俺先生と距離置いたことないです」

「……本当に?」

「本当ですよ……? でも、ここにいるのは先生と生徒。俺たちの立場だけはちゃんと覚えてください」

「はい……」


 そう言っても先生は分からないと思う。

 意外と単純だし……。

 そして先生が元カレに捨てられたこと、それがずっと頭の中に残っている。俺の場合は先生みたいに好きな人に捨てられたことじゃなくて、親に捨てられてしまったからさ……。一人は嫌だけど、一人の方が楽……。そんな矛盾を抱えて生きていくしかない状況だった。


 だから、彼氏に振られて悲しむ先生をほっておくのができない。

 その痛みを知っているから。


「ねえ、そばに行っていい……?」

「ダメです」

「…………う、うん……」

「冗談です」

「なんだよ……! 私、そういう冗談大嫌いだから……!!」

「はいはい……」


 めっちゃ怒ってるけど、それでも俺のそばにいる先生だった。

 きっと寂しいはずだろう……。

 今は先生の話を聞いてあげるだけでいいと思う、そしてまたいい人と出会ったら笑顔でバイバイするだけ。


 恋とか、今の俺には無理だ。


「へえ……、二人キスしてる! キャー」

「なんで、目を隠すんですか……? てか、普通に見てるし……!」

「恥ずかしいから見たくないけど……、結局見ちゃうって感じかな?」

「なんですか、それ……」

「九条くんは知らなくてもいいよ!」

「へえ……」


 キスする二人を見て、先生はこっそり頬を染める。

 それに、なぜか俺の袖を掴んでるし……。


 トイレ行きたい……。


「先生……?」

「うん?」

「トイレ行きたいんですけど……」

「あっ……、うん!!」


 便器に座って、いろいろ考えていた。

 先生の距離感がおかしいのはもういい、今はそれじゃなくて……近すぎる先生との距離がやばいんだから……。それに今日は私服姿でそばからいい匂いもするし、余計に気になる。今日は何があっても動揺しないように頑張ってるけど、さすがに……もう限界だな。


 これは一体どういう状況だろう……。


「…………」


 笑う時も俺を見て笑うし、さっきもあーんとか……変ないたずらをしたから。

 やっぱり、俺は彼氏の代わりかもしれないな……。


 いや、そんなことは考えないように。


「九条くん! お腹痛いの?」

「えっ? いいえ、ちょっと……恥ずかしいから聞かないでください……!」

「心配してたよ!」

「トイレ行ってきただけですよ……」

「本当に?」

「はい」

「それより、今……! めっちゃいいシーンだから! 早く!! 座って!」

「えっ?」


 さりげなく、俺と腕を組む先生。


「…………ちょっ!」

「このシーンキュンキュンするから! 九条くんも見てほしい!」

「は、はい……」


 久しぶりの休日は先生と夜になるまで映画を見て、一緒に夕飯を食べた。

 それより、当たり前のようにうちで料理をするのはなぜだ……?

 めっちゃ旨かったけど、やっぱりおうちデートだと思ってるかもしれないな……。


 その後、電話で一時間くらい先生と映画の話をした。

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