9 久しぶりの休日

 久しぶりの休日。でも、今日は先生が遊びにくるから……布団の中で心の準備をしていた。何回もうちに来たはずなのに、まだ慣れていないっていうか……。距離感がおかしい先生と適度な距離感を保つのはけっこう難しいことだった。


 それに、昨日は先生を泣かせてしまったからな……。


「九条くん……! 私、来ちゃった!」

「は、はい……」


 そうですね。来ちゃいましたね。

 てか、いつもスーツ姿の先生しか見てないから分からなかったけど、私服姿の先生もめっちゃ美人だった。現役女子大生って言っても過言ではない。美人で、すごく可愛い……。待って、そういえば先生いくつなんだろう……? 若いってことは知ってるけど、歳はまだ聞いてないからな。


 とにかく、俺の目にはそう見えた。


「九条くん……? きょ……、今日の服装……変かな?」

「いいえ。変って言うより……先生本当に若いですね」

「な、何言ってんのよ! 私、今年二十三だから! 誕生日はまだだけど……、とにかく、若い!」

「えっ? そんなに若かったんですか? ええ…………」


 あれか、最年少とか……。

 それにしても、二十二歳に高校の教師だなんて……。つまり、卒業してすぐ教師になったってわけ……? そしてやっと教師になったのに、彼氏に振られて……、ビールを飲みすぎてマンションの前で倒れてしまった。


 そんな流れだったのか……。


 それを偶然俺が拾って、なぜか友達になって、今はうちで遊ぶことになった。

 もし、先生が二十代後半だったら、あんなことすぐ忘れたかもしれない。でも、まだ若いし、初めてできた彼氏って言ったからな……。それより、先生のどこが気に入らなかったんだろう。こんなに明るくて、可愛い人なのにな……。


「それ、なんですか?」

「ノートパソコン! 今日は丸一日、一緒に映画見たいからね!」

「へえ……。そして、こっちにあるのは……?」


 床に置いているのはなんだろう。

 もしかして、お菓子か……? こんなにたくさん……?


「ポップコーン! たくさん買ってきたよ!」

「そ、そうですね……」


 まあ、それはいいとして……先生が生徒の家にくるのにスカートかよ。

 まだ若いからか、だとしても短いスカートにストッキングはやばくね?

 バイト先に来る委員長もたまにそんな格好をしてるけど、やはり成人女性の魅力ってすごいな。そして人をジロジロ見るのも迷惑だし、今日はなるべく先生の方を見ないように注意しておこう。


「…………」

「ふふっ♡」

「なんか、今日テンション高いですね」

「うん!」


 二人は映画を見るために、部屋を暗くしてテーブルの前に座った。

 昨日どんなジャンルが好きって言われたから、先生が好きなジャンルならなんでもいいですよって答えたけど……。


「これ……! 最近、流行ってるって!」

「は、はい……!」


 これ、クラスの女子たちがよく言ってたような気がする。

 主人公がめっちゃカッコいいって言ってたよな……。


「…………はい、準備完了!」


 さりげなく、俺にくっつく先生。

 あれ……? なんか、この距離感は……ちょっとおかしいと思うけど。


「ふふっ、ドキドキするぅ———」

「は、はい……。そうですね」


 しかも、いつもより香水の匂いが強いし……。

 別に嫌いじゃないけど、なんか……今日のためにメイクとか服とかいろいろ力を入れたような気がする。そして、今日先生を呼んだのはこういうおうちデートっぽい雰囲気じゃなくて、普通に映画を見て時間を過ごすつもりだったけど。いつも間にか、そんな雰囲気になってしまった……。


 それに、めっちゃ近い。


「あの、九条くんは……」

「はい?」

「本当に経験ないの?」


 主人公が言ったセリフを俺に……?


「えっ? どういう経験ですか?」

「彼女」

「はい。こうやって誰かと映画を見るのは先生が初めてです」

「私が初めて……!」


 なんか、映画じゃなくて……こっちを見てるような……。


「ねえ、九条くん……。私、やってみたいことがあるけど」

「なんですか?」

「私にあーんしてほしい」

「あーんって……?」

「さ、さっき映画の主人公がやったじゃん……! それをやってほしい……!」

「ああ……、えっ! 俺が先生に、それを?」

「そうそう! ダメ……? そして、美味しい?って聞いてほしいの」

「…………」


 いや、そんな目で見られたら……やるしかないと思うけど。

 すでに目を閉じて口を開ける先生だった。

 もし、ここで俺が断ったら……、またネガティブモードになってしまうよな。


「はい。あーん」

「あーん!」


 もぐもぐと食べるその姿は可愛いけど、俺はわけ分からない罪悪感を感じていた。

 先生はこういうことがやりたかったのか。


「お、美味しい……?」

「うん!」

「で……、めっちゃ恥ずかしいんですけど……」

「も、もう一回! なんか、足りないって気がする!」

「えっ? 一回でいいんじゃないですか? どうして?」

「それは私が足りないと思ってるからだよ!」

「理不尽……!」

「ねえ〜。もう一回! やりたい!」

「先生、言い方……!」

「うん?」


 てか、今日は映画を見るために来たんじゃなかったのか……?

 途中から変なことをやってるような気がするけど……。


「あーん!」

「はいはい……っ!」

「…………」


 な、なんで……俺の指まで食べるんですか……? えっ?

 そして、こっちを見て笑みを浮かべる先生だった。


「へへっ、ひっくりしたの?」

「…………」


 どんな反応をすれば……? 俺は何も言えなかった。


「えっ……? く、九条くん……? あ、あの……私ちょっといたずらをしたかっただけで……。もしかして、気持ち悪かった……? ご、ごめんね……! く、九条くん……。本当にご、ごめんね……」

「い、いいえ……。ちょっとびっくりしたっていうか……、せ、先生もいたずらとかするんですね……」

「…………こういうの……、やってみたかったから……」

「これはさっきのあーんと同じことですか?」


 こくりこくりと頷く先生だった。

 そうだったのか……。


「き、気持ち悪かった……? 九条くん……」

「い、いいえ! 全然……! 気にしないでください!」


 とはいえ、指がべとべとする……。

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