8 教師と生徒③

 まさか、マイナス八度の天気に俺を待つなんて……。

 ラ〇ンをすぐ確認しなかった俺が悪いけど、先生が今日来るとは思わなかった。


「はい、ココアです」

「ありがと〜」


 湯気が立つコップ、先生はどうして俺を待ってたんだろう。

 スーツ姿で生徒の家に来る教師はなかなかいないと思うけど……、本当に友達がいないからか? だからって、俺が何かできるわけでもないし、話を聞いてあげるくらいならできるかもしれないけど……。そういうことなら学校の先生と話した方がいいんじゃないかな? 一応、経験の多い大人だからさ。


 そして、こっちを見る先生が微笑む。


「それで、今日はどうしてここに……?」

「用事がないと来ちゃダメ……?」

「…………え?」

「だって、九条くんの返事がこないから……。嫌われたのかなと思って……。そ、それで、不安になっちゃって……」

「えっと、バイト中だから……仕方ないんですよ」

「だよね……。ごめん、気持ち悪いことを言っちゃって……。いつもこうだから、誰も私のこと好きになってくれないんだよ……」

「また……。先生はもっと自信を持たないと……」


 一応すぐネガティブになるその癖をどうにかしないと……、あんな風に人と話したらきっと嫌われるはずだ。

 まあ、振られたばかりだから仕方ないと思うけど……。それでもな。


「自信……。でも、どうしたらいいのか分からなくて……」

「なんで、すぐ自分のことを責めるんですか?」

「そ、それは……。私いつも自分のことばっかり考えてて……周りに迷惑をかけちゃうから……。元カレにそう言われた」

「その癖はよくないですよ? そして、もう元カレのことは忘れてください。そうしないと、また今みたいにすぐネガティブモードになりますよ」

「じゃあ、私はどうしたらいいの……? 九条くんが教えて……」


 先生の話にどう答えたらいいのか、俺にはよく分からなかった。

 分かるはずがない。

 振られた人の痛みはちゃんと知ってるけど、どうすればいいのか分かるわけないよな。恋人と別れたこともないし、誰かを好きになったこともないから……。今の先生は彼氏と別れてきっとつらいはずなのに、俺は「忘れてください」って言うだけだった。


 何を言ってあげたらいいんだろう。


「九条くん……?」

「はい?」

「教えて、どうしたらいいの? 私は……」

「えっと……、悩みを聞いてくれる友達を作ったり……」

「ここにいるじゃん、友達」

「そ、そうですね……」


 そして、俺と目を合わせる先生だった。


「ねえ、九条くんは私に……もっと自信を持ってって言ったよね?」

「は、はい……」

「私ね。やりたいこと、たくさんあるけど……」

「やりたいことですか? 例えば……?」

「一緒に映画を見たり、外で美味しいものを食べたり、そしてショッピングもやってみたい! 元カレはずっと忙しくて……、私のことを放置したから……」

「えっ? 嘘ですよね?」

「嘘じゃないよ……? なんか、ずっと仕事で忙しかったっていうか……。毎月誘ってみたけど、また今度にしようって言われて……。何もできなかった」


 先生は一体どんな男と付き合ったんだろう……。

 やりたいことたくさんあるって言われたから、きっと特別なことだと思っていたのに……。それだったのか。まあ、俺もやったことないからなんとも言えないけど、普通の人ならそんなこと普段からやってると思う……。


 委員長みたいな人は……毎週友達とショッピングとかやってるしな。


「外で何かをするのはダメですけど、家で映画とか……それくらいはできると思います」

「えっ? 一緒に映画見てくれるの……?」

「はい。ど、どうしましたか……?」

「…………」


 急にどうしたんだろう……、なんか考えてるのかな?


「私、誰かと一緒に映画を……! 家で映画を! 九条くん、そ、それって! つまり、おうちデートってことだよね!」

「違います」

「そ、そうなの……? てっきり、デートだと思ってたのに……」

「デートとか言わないでください……!! 俺たち、教師と生徒なんですよ!」

「えっ?」


 何が「えっ?」だ……。

 生徒の前で軽々しく「おうちデート」とか、そんなこと普通は言わないよな……?

 先生の事情はちゃんと知ってるけど、俺はそれ以上の関係になりたくない。それは犯罪だぞ。しかも、先生は美人だから男の俺が我慢するのも限界がある。つまり、いつか一線を越える状況が起こるかもしれないから、距離を置きたいってこと。


 先生は鈍感だから、俺がはっきり言っておかないと……。


「先生。念の為、言っておきますけど、俺は……先生のこと好きになれません……」

「…………」


 これはお互いのためだ。

 先生が何を考えているのか全然分からないけど、さっきの話は俺にとってけっこうやばい話だった。うちに泊まることとか、一緒に夕飯を食べることとか、そんなことどうでもいいけどさ。それだけはちゃんと言っておきたかった。


 そして、すぐ涙を流す先生にビクッとする。


「せ、先生……? 大丈夫ですか?」

「ごめんなさい……。もうそんなこと言わないから……、好きになれないとか言わないで。もう誰かに捨てられるのは嫌だから……、そんなこと言わないで……」

「ち、違います。俺はただ……」


 ダメか、今の先生には何を言っても無駄だった。

 全然聞いてくれない……。


 早く話題を変えないと……。


「せ、先生。あの! じゃあ、明日! 明日はどうですか?」

「明日……?」

「明日、店長に予定ができちゃって……。とにかく、暇です!」

「それって……、一緒に映画を見てくれるってこと……?」

「は、はい! だから、泣かないでください……! 先生のこと、捨てたりしませんよ」

「約束だよ?」

「はい、約束します!」


 普段はテンション高いのに、急に泣いてしまうからな……。

 でも、「約束します」って言ったらすぐ笑顔になる。

 先生のこと、よく分からなくなってきた。


「約束……だよ?」

「はい。約束です」

「うん……」

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