二、日常の変化

6 教師と生徒

「遅刻しないようにね!って……」


 朝から先生のラ○ンに目が覚めてしまった。

 このスマホに連絡が来るなんて……、委員長以外の人ならほとんど店長やお母さんくらいだからな。しかし、先生がここで寝たからか……? 布団からたまに先生の匂いがするけど……、余計に気になる。


 でも、すごく可愛い顔していたよな。先生……。


 ……


 そして、いつもと同じ学校生活が始まる。


「あれ……? 先生?」


 廊下を歩く時、先生は重そうな段ボール箱を運んでいた。

 でも、先生は学校にいる女の子より身長低いから、前がよく見えない状態で歩くのは危険だと思う。

 なんで、誰も手伝ってあげないんだ……。


「持ちますか?」

「えっ? この声……、九条くんだぁー!」

「えっと……、学校でそんなに喜ばなくても……」

「へへっ……、ありがとう。私ね! 最近、保健室の中山先生と仲良くなったよ! あっ、これは化学室に行くべきものだけど、なぜか保健室に来ちゃって……」

「へえ……、それはいいですね。てか、これけっこう重いのに……一人で運んでたんですか……?」

「中山先生もそう言ったけど、急にサッカー部の子たちが来ちゃって、つい一人でできますって言っちゃった! へへっ」

「ふーん、次は無理しないように……」

「はいはい」


 化学室に着いた二人は机の上に荷物を置いて、しばらく窓の外を眺めていた。

 そして、すぐそばに座る先生の距離感。

 前からおかしいと思っていたけど、そんなことまでいちいち話すのはやっぱり面倒臭いし、ぼーっとして先生と時間を過ごしていた……。俺にとって学校生活はテストを受けて、良い点数を取って、そしていい大学に行くための手段。ここで、何も感じられないのは俺だけだった。


 みんな、イキイキしてるのにな……。


「私ね……。高校時代はずっとこうやって窓の外を眺めていたから……、なんか懐かしい」

「そうですか……?」

「うん! 化学室には誰も来ないから、たまにこうやって晴れた空を眺めるのが癖になっちゃったよ。友達もいなかったからね……」

「なんか、青春ですね……?」

「そうかな……? でも、今は九条くんがいるから……! 私ね! 初めて友達ができたから……、何かしたい!」

「先生……、俺……生徒ですけど」

「私も制服を着た方がいいかな……?」


 問題はそれじゃないのに、なんで……テンションが上がってるんだろう。

 でも、先生なら本当に制服着るかもしれない。


「ダメですよ。学校にそんな……」

「もちろん……! 九条くんの家でね!」

「えっ?」

「あははっ、冗談だよ! 冗談! 九条くんの顔、可愛いね〜」

「からかわないでください……」

「でも、九条くんと何かしたいのは本当だからね! もうちょっと考えてみる! そろそろ、戻ろう!」

「は、はい……」


 不思議だ。俺が誰かと話しながら廊下を歩いている。

 なんか、青春ドラマっぽくない……? と、言いたいけど……、相手が先生だから余計に緊張してしまう。それに初めて出会った時は元カレのことですぐ泣いてしまう人だったけど、今はよく笑う人になった。


 やっぱ、こっちの方がいいな。


「九条くん、なんでニコニコしてんの?」

「いいえ、なんでもないです。ただ、誰かと廊下を歩くのが久しぶりっていうか」

「へえ……、そうだったんだ」

「はい。友達を作る暇がなかったから、仕方ないですね」

「だ、大丈夫……!」


 なぜか、元気づけてくれる先生だった。


「あっ、そうだ! この前にもらったケーキすっごく美味しかったよ! 本当にありがとう!! そして、お店の場所も!」

「よかったですね。俺も先生が作ってくださったおかず……、全部食べました。ありがとうございます。先生」

「べ、べ……、別に……大したことじゃないから……。いいよ!」

「本当に旨かったです。また食べたいなと思うほど……、先生が作ったおかずはすごかったです」

「ううっ———!!! 嬉しい! そんなこと、今まで言われたことないから……」

「えっ? そ、そうですか? 不思議ですね。旨いのにどうして……?」


 料理っていうのは作る人の愛情が込められているから、誰かが作った料理を食べるとすぐ幸せになる。もう……、俺にそんなことを作ってくれる人がいないからか。先生が作ったおかずを食べた時、幸せになる自分に気づいた。


 本当に旨かったから……。


「あ、あの……」

「はい?」

「また、作るから……食べてくれない?」

「えっ? そ、それは……ちょっと」

「やっぱり、ダメだよね……。迷惑だよね……、こういうの」


 何も言ってないのに、すぐ否定的になってしまうのは振られたせいかな……。


「いいえ、話を聞いてください。別に嫌いとかじゃないんですけど、食材を買って料理をするのは時間もお金もかかることだから、そういうのを先生にさせたくないんです」

「…………」

「本当に迷惑とかじゃなくて、普通は……断りますよね。こういうの」

「じゃあ、私が作ってあげるって言ったらもらってくれるの……?」

「それは……、そうですけど。そんなことをしても、俺先生に何もやってあげられません」

「いいの! 九条くんはそのままでいい! 私が作りたいだけだからね!」

「へえ……、そうですか?」

「うん!」


 さっきまで泣きそうな顔をしていたけど、すぐ笑顔になる。

 先生は心が弱いから……。


「へへへ……、嬉しいっ!」

「…………」


 そういえば、先生は大人なのに……たまに子供っぽくて可愛いよな。


 って、俺今……可愛いって……?

 まじかよ。


「じゃあ、そろそろ授業始まるから! 後でラ○ン確認してね」

「は、はい……」

「勉強頑張って! 九条くん!」

「ありがとうございます」


 人けのない廊下で先生が手を振ってくれた。

 この状況はなんだろう……。


「あれ? あかねくんと……、星宮先生?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る