4 新しい担任、星宮先生②

 時間は夜の九時四十分、もうちょっとでバイトが終わる。

 そういえば、今日先生が言った「あの部屋」って俺の部屋だよな……。「またどこかでお会いしましょう」って言っておいたけど、まさか……新しい担任が星宮さんだなんて……。てか、そんな偶然があってもいいのかよ。


 それにお礼したいって言われたけど、先生もこんな遅い時間には来ないよな?

 マンションの周りには街灯もないし、女性一人で歩くのは危険だと思う……。

 やっぱり、気になるな……。


「どうした? あかね?」

「いいえ。ちょっと……」

「珍しく、今日は早く帰りたいって顔だな」

「いいえ……」

「なんだ。女か?」

「えっ? そんなわけ…………」


 洗い物をしていた俺は、すぐ先生のことを思い出してしまう。

 急に用事ができて、先生が来ないように心の底から祈っていた。


「まあ、今日は人少ないからな。これ、持っていけ!」

「ケーキ…………」

「この前に作った新しいやつだから、食べて後、感想頼む」

「あ、ありがとうございます……」


 ……


「…………」


 んなわけないか、やっぱり来てるじゃん……。

 マンションの前で白い息を吐くスーツ姿の女性、どう見ても星宮先生だった。まさか、本当に来るとはな……。先生は後ろにある車に寄りかかって、ずっと俺が帰ってくるのを待っていたような気がする。なんか罪悪感を感じてしまうけど……、なぜだろう。


 こんな寒い天気に……、俺は先生を待たせたのかよ。


「あっ! 九条くんだ……!」

「は、はい。先生、こんばんは。寒くないですか?」

「ちょっと、寒いけど……。あっ、そうだ。九条くん、夕飯食べたの?」

「いいえ。夕飯はあんまり食べないんで……」

「それはダメだよ! 待ってて!」

「えっ?」

「じゃ〜ん!」


 車の中から何かを取り出す先生、それは食べ物が入っているタッパーだった。

 いきなり、それを見せてどうするつもりだろう……? 待って、そのタッパーの中にあるのは、もしかして……俺のために作ったおかずかな……? そうだとしても、なんで先生がそんなことをするんだろう。


 こういうこと今まで全然なかったから、先生の前でじっとしていた。


「九条くん、肉じゃが好き?」

「は、はい。好きですけど…………。えっ? どういうことですか?」

「はくしょん!! …………っ、寒い……」

「一応、入りましょう……」

「うん!」


 結局、先生をうちに入れてしまったけど……仕方がなかった。

 そして、後ろから肩を掴む先生にビクッとする。


「ごめんね……。一時間くらい待ってたから、足がふらふらして……」

「いいえ。でも、わざわざここまで来なくても……」

「九条くん、冷蔵庫の中に何もなかったから……」

「えっ? どうして、それを知ってるんですか?」

「見ちゃった……。ごめん」


 一応一人暮らしだからご飯は適当に作ってるけど……、冷蔵庫の中に何もないのは仕方がないな。節約のために、食材もあんまり買わないし。だからって、友達が来るわけでもないから、ずっと……空っぽだよな。


 そして、先生が俺のためにおかずを作ってくれるなんて……。

 なんだよ……、この状況。


「あ……、いいえ。気にしなくてもいいです」

「それと、九条くんは男だからちゃんと食べないとね……! 今から食べよう! 夕飯!」

「えっ? 今からですか?」

「たくさん作ってきたからね……! おかず」

「えっ?」

「うん! 一緒に食べよう!」


 ドン! と、テーブルの上に缶ビールを置く先生が笑みを浮かべていた。

 そういえば……、先生……車持ってきたよな? なんで……、俺の前で堂々とビールを? それより、この距離感はちょっとおかしいと思うけど、気にしていないのは先生だけかな……? 目の前でわけ分からない状況が起こっている。


「ちょ、ちょっと待ってください! 先生……!」

「うん? 夕飯食べないの?」

「えっ? いいえ、そういう話じゃなくて……。なんで、ビールを?」

「私ね……! 友達いないから! 飲まないと!」


 そっか、先生って意外と友達いないんだ……。

 で、それだけ?


「迷惑だったらごめんね……。実は……、振られたあの日も友達がいなくて……。一人でお酒を飲んで、それでも足りなかったから……近所のコンビニで缶ビールを買って飲んでたよ」

「あっ、そ、そうでしたか」

「うん……。私ね。やっと教師になって、すごくテンション上がってたのに……。なぜか、彼氏に振られちゃって……。それで、苦しくて……。やっぱり死んだ方がいいよね? 私みたいな人間は……」


 そう言いながら涙を流す先生。

 まあ、それほど……元カレのことが好きってことだから仕方ないか。


「落ち着いてください……」


 夕飯を食べながら、先生の話を聞いていた。

 てか、先生が作った肉じゃがめっちゃ旨いな……。


「九条くん……」

「…………」

「私、どうしたらいいのかな……? 先生になったばかりなのに……。元カレのことでこんなに苦しむなんて……、バカみたい……」

「彼女とか作ったことないからよく分かりませんけど、それでも……もう終わった関係に執着するのは良くないと思います。そして、きっといい人が先生の前に現れるはずですよ。心配しないでください……。先生は……」


 あっ、こういうのを生徒の俺が言ってもいいのか?

 少し悩んでいた。


「うん……?」

「いいえ、先生は美人だから……きっといい人と出会えるはずです。それだけ……」

「…………そう言ってくれたのは九条くんが初めてだよ……。私、ずっと一人だったからぁ……」

「あ、あの……。もう泣かないでください! 先生!」


 なんで、俺が先生の涙を拭いてるんだろう……。


「私、情けない人だよね……? 正直に言ってもいいよ!! 私も知ってるから!」

「いいえ……。自分のことを責めないでください。どうせ、この世に完璧な人はいませんから……。そして、忘れるのはあっという間ですよ? あっという間……」

「……っ」

「だから、もう泣かないでください……!」

「うん…………」

「酒も、ほどほどに……」

「はい……」

「じゃあ、顔を上げてください。涙拭いてあげます」

「はい……」


 どっちが先生で、どっちが生徒なのか、よく分からなくなってきた。

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