見つけた愛と残された報い(3)
佐野さんとの同居生活は想像以上に楽しい。仕事が忙しくて疲れて帰っても、家に佐野さんがいるだけで心が安らいだ。前に付き合っていた彼女とは違う、家族のような安心感ではなく、恋人といるような幸福感があった。佐野さんを見ると胸が高鳴り、思わず触れたくなってしまう。本当に最低な男だと自分でも思う……。ずっと大切に想っていた彼女と別れ、月日もあまり経っていないというのに、俺は佐野さんに恋をした。好きだという気持ちは日に日に募っていくばかりだった。
同居から半年後、俺は佐野さんに一枚の紙を見せる。それは引っ越し先の間取りが書かれたもの。二週間前、家の窓から外を見ているときだった。家を出てすぐの道路を歩く友人の姿を見てしまった。佐野さんの家は俺が住んでいた家から近すぎたのかもしれない。幸せの陰に隠れていた落とし穴だった。このままでは友人に見つかり、佐野さんまで危険な目に合わせてしまう。そう思い、急いで不動産屋に駆け込み、新居を探した。今の場所よりも遠くへ。それと同時に佐野さんへ告白することを決めた。もしも、断られてしまっても俺だけが引っ越せばいい。俺の告白を聞くと、佐野さんは目に涙を浮かべる。すぐに佐野さんの涙を拭い「こんな俺と恋人なんて嫌だよね。ごめんね」と言う。すると、佐野さんは首を振り「嬉しい」と微笑んだ。その表情が愛おしくて、思わず佐野さんに口づけをしてしまう。その日、俺達は初めて身体を重ねた。この幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと、そう思った。新居に引っ越してから、こんなにも幸せでいいのかと馬鹿らしい悩みを抱えながら過ごしていた。朝の見送りも、帰宅すると「おかえり」と出迎えてくれることも、全部が嬉しい。佐野さん……いや、美乃里と結婚するんだろうなと心の中で思っていた。二人で色々なところに出かけて、沢山のお土産を買って、家の中は思い出で溢れていく。でも、俺は忘れていた……。幸せの中に潜む悪魔の存在を。
美乃里と付き合って一年が過ぎた頃。いつも通り仕事が終わると真っ先に家へと向かっていた。朝の見送りの時に「帰ってくるとき、デザート買ってきて」とお願いされていたのを思い出し、スーパーに寄る。美乃里の好きなデザートを買い、店を出た時だった。百メートル先で立ち尽くしている髪の毛の乱れた女性と目が合う。すぐに女性が誰なのか分かった。立ち尽くしているのは変わり果てた姿の友人だった。俺は目を逸らし、その場を離れる。慌てて逃げる俺を見て、友人は「見つけた」と人目を気にせず叫んだ。遠回りをしながら必死に走り、帰宅する。汗を流して帰ってきた俺を心配そうに見つめる美乃里。手に持っていた袋の中のデザートは少し崩れてしまってた。
「ごめん、ちょっと崩れちゃった」
そう言うと、美乃里は「大丈夫だよ」と微笑んだ。そんな美乃里を強く抱きしめる。
それからというもの、友人は頻繫に姿を見せるようになった。時間帯も仕事終わりの夕方。同僚には状況を説明してあり、友人がいなくなるまで店で時間をつぶした。美乃里には付き合っている今でも、何一つ打ち明けられていない。美乃里に心配をかけたくないのもあるが、それよりも俺の最低な過去を知られたくなかった。美乃里にとって良い彼氏でいたかった。帰りが遅くなる理由を適当に考えて美乃里に伝える。二号店なんて出さないし、新人に夜遅くまで教えてなどいない。きっと、俺の嘘など美乃里はとうに感づいているだろう。それでも嘘をつくしかなかった。そんな生活が続き、擦り減る心。同僚に「店のことはいいから、彼女と過ごす時間を作って。あと、隠し事してもいつかはバレるんだから、もう覚悟決めなさい」と言われ、仕事から上がる時間を早めてもらった。そのおかげで友人と出くわすこともなくなり、美乃里といる時間も増えた。何度も「大好き」と「愛している」と言葉で伝えて、何度も身体を重ねた。まるで、遠距離で会えなくなる恋人のように。何故か寂しそうに「ねぇ、私は宗司のこと誰よりも愛しているんだよ。だから、もっと宗司のこと知りたいの……」と美乃里は呟く。俺はただ「愛しているよ」と言って抱き締めることしかできなかった。覚悟はもうできている。これが俺が美乃里を守れる唯一の方法。
「美乃里……、ごめん。もう、別れようか」
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