見つけた愛と残された報い(4)
荷物をまとめて家を飛び出す美乃里の後ろ姿を見つめる。玄関の扉が閉まった瞬間、俺の目から涙が溢れ出す。静かになった部屋でひとり泣き叫んだ。本当は覚悟なんてできていない。美乃里がいない生活なんて耐えられる自信もない。それでも、別れることが最善の選択だったんだ。翌日、赤くなった目で職場に向かう。「どうしたの、その目は?」と同僚に心配され、お客さんにバレないようメイクまでしてもらった。「で、どうしたのわけ。彼女とでも喧嘩したの?」と聞かれ、俺は「彼女とは別れた」と答えた。すると、同僚は俺の頬を叩く。休憩室に鋭い音が響いた。
「とことん、最低ね。別れたら互いに幸せになれるの?彼女を守るために別れるなんて馬鹿のする事よ!」
そう言われて何も返せなかった。ジンジンと痛む頬をさすり、自分のしたことを悔いた。
美乃里のいない家に帰る生活はただただ苦しい。どんなに辛くてもお腹は空き、買い物の為にスーパーへ出向く。美乃里の好きなスイーツを見つけると、胸が痛くなった。そんな生活を二週間続けた俺はもう限界だった。美乃里が残していった便箋を引き出しから取り出し、テーブルの上に置く。深呼吸をして、便箋に言葉を書き綴る。もちろん、手紙の相手は美乃里だ。もしも、俺がこの家を出た後、美乃里が戻ってきたときの為に手紙を残したい。手紙には書ききれないほどの思い出が頭の中を駆け巡る。涙が零れ、便箋に丸いシミを作る。その度に、書き直した。涙で滲んだ手紙なんて、美乃里に見られたくない。せめて、最後の最後まで格好をつけて別れを告げたい。溢れ出す想いを書き綴り終えると、俺は部屋を見て回り「今までありがとう」と言う。そして、まとめた荷物を持ち、家を出た。俺が向かうのは以前住んでいた家。美乃里との生活が始まった後も、友人に会うことを懸念して部屋の解約をできずにいた。辺りは暗く、街灯が道を照らす。マンションのエントランス前に友人が立っていた。友人は一歩一歩と俺に近づき、何かボソボソと呟いている。「久しぶりだな」と声をかけた瞬間、駆け出した友人は手に隠し持っていたナイフで俺の腹を刺した。何度も、何度も。
「宗司が悪いのよ!全部、宗司が悪いの。私がこんな風になったのも全部っ!だから責任を取って死んで」
そう言って叫ぶ友人と腹を抱えて座り込む俺。「ごめん」と呟くと、友人は理性が戻ったのか「わ、私は悪くない……」と言いながら、慌てて逃げ去っていく。腹から流れ出す怖いほどに赤く鮮やかな血。俺は這いつくばるようにマンションの中へ入る。玄関の扉を開き、朦朧とする意識の中、家に入る。リビングのドアを開く前に力尽き、倒れ込んだ。きっと、これはそう、走馬灯だろう。幼少期から現在までの記憶が頭の中を駆け巡る。死ぬ、そう覚悟した。俺は今まで大切な人達を傷つけてきた。前の彼女も友人も、美乃里のことも。こんな死に方なんて情けない。でも、いつ死んだとしても……きっと俺には綺麗な死に方など残されていなかった。これが、俺に残された報い。そして、償いだ。
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