見つけた愛と残された報い(1)

 「どうして……浮気なんかしたのよ!私は宗司を信じていたのに」

 目の前で泣き崩れる彼女、俺に弁解の余地はなかった。ただ、その場で立ち尽くすことしかできなかった。


 彼女とは専門学校の頃に出会い、俺から告白して付き合った。最初は互いの家を行き来して、交際二年目に同棲。彼女と過ごす日々はまるで家族といるような安心感があった。似てる価値観と似てる人との距離感、同じ夢を持つ二人。だから、このまま彼女と結婚するのだろうと、そう思っていた。専門学校を卒業すると別々の美容院で働き始め、忙しない日々を送る。些細なことで喧嘩をすることも増え、少しずつ二人の間に溝ができていた。それでも彼女に対する俺の気持ちは変わらない。きっと、仕事も落ち着けば喧嘩も減るだろうと思っていた。思っていたのに……。休日のある日、彼女と共通の友人から話があると連絡が来た。彼女も俺も信頼していた友人なので、カフェで会うことに。待ち合わせのカフェに向かうと、どこか暗い表情の友人が目の前に置かれたスマホを眺めている。声をかけると、友人の目には涙が溜まっていた。

 「どうしたんだ?」

 そう聞くと、友人は「こんなこと言っていいのか……迷っていたの。でも、言わなかったら宗司に酷いことをしているみたいで」と言った。心配する俺に友人が見せてきたのは、彼女と知らない男が楽しげに街を歩いている写真だった。頭が混乱して言葉が出てこない。彼女は浮気をするような人ではない。そんな人ではないと信じたかった。

 「こんなの、あれだろ。同じ職場の奴と仕事上の都合で一緒に街へ出てただけだろ」

 自分へ言い聞かせるように出てきた言葉。そうでもしなければ、冷静さを保てなかった。でも……友人は「違うと思うよ」と言い、別の写真を見せる。そこに写っているのは男と手を繋いでいる彼女の姿だった。俺は我慢の限界だった……。友人の前にお金だけを置いてカフェを出る。色鮮やかに見えていた景色が白黒に見えた。大切な人に裏切られるというのはこんなにも辛いのかと、痛いほど感じた。コンビニで酒を買い込み、帰宅する。彼女のいない家で浴びるように酒を飲んだ。いつの間にか眠っていて、玄関の扉が開く音で目が覚める。部屋に入ってきた彼女は転がっている酒の空き缶を見て「どうしたの?何か嫌なことでもあったの?」と言った。俺は彼女に手を伸ばし抱き寄せる。

 「お願いだ……違うって、違うって言ってくれ」

 そう言いながら涙を流す俺に戸惑う彼女。目が覚めて彼女の顔を見た時、カフェでのことを全てなかったことにしたかった。たとえ浮気が真実でも、嘘でいいから違うと言ってほしい、そう願った。

 「違うって何のこと?急にどうしたのよ」

 彼女は俺を優しく抱きしめ返し、背中をさする。

 「何もかも嘘だって、違うって言ってくれれば。俺は……まだ、男と写っていた写真なんて全て忘れて愛せるから」

 そう言った途端、彼女の背中をさする手が止まった。そして、俺の身体を引きはがし「何のことか分からないけど。違う、違うよ、絶対に」と言う。彼女の目は泳いでいた。明らかに何か隠し事をしているようだった。もう無理なんだと、俺は悟る。全てどうでもよくなって、残っていた酒を飲み干し、ベッドに向かった。彼女は空き缶を片付けながら「明日は仕事なのに、こんなに飲んだら大変なことになるよ」と小言を言っていた。

 その後も、彼女との暮らしは続く。俺から彼女を振る勇気はなくて……振るくらいなら彼女に振られた方がマシだった。写真を見せてきた友人は頻繁に連絡してくるようになり、俺もまた友人と彼女のいない隙を狙って友人に会いに行くようになった。「今は宗司の悲しみを分かってあげられるのは私しかいない」と俺の手を握る友人の言葉を飲み込み、いつしか身体の関係に発展していた。彼女にぶつけられない胸の苦しみを友人にぶつけることで心を落ち着く。なんでもいい、どうでもいい、全て丸く収まるのなら。でも……俺は馬鹿だった。なんで彼女の事を信じてあげられなかったのだろう。友人と身体の関係を持つようになってから、一年後。静かな家に彼女の泣き声が響く。テーブルに置かれていたのは俺と友人が腕を組んでホテルに入る直前の写真。

 全て終わりだと思い、彼女に想いを全てぶつけた。

 「最初に浮気をしたのは君だろ!男と手を繋いで街を歩く写真を見たんだ」

 そう言うと、彼女は泣きながら「勝手に浮気だと思わないでよ。あの日は、宗司の誕生日プレゼントを買うために同僚と出かけてただけなのに」と言った。確かに、写真を見た日の三日後に彼女から誕生日プレゼントをもらった。男が好きそうなアクセサリーと手紙。

 「じゃあ、手を繋いでだのはどうしてだ。浮気していないなら、どうして手なんか……」

 胸が苦しくなる。あの日から俺の心は泥沼に浸かっているような気分だった。写真さえ見なければ、こんな思いをしなかったと後悔すらした。

 「手を繋いだ?違う、あの時はつまずいた私の手を取ってくれただけよ。そのタイミングで写真を撮られただけ」

 彼女の声は酷く冷たかった。全部、俺の勘違い。俺は……友人に騙されていた。

 「私が浮気していると思ったから、自分もあの女と浮気したってこと?」

 そう聞かれて、何も言えなかった。「最低……」と泣きながら睨みつけられても、彼女に許しを請うことはできなかった。頬を伝う涙、泣き崩れる彼女と立ち尽くす俺。

 「別れましょう」

 彼女に別れを告げられて、どこか楽になる自分がいた。こんな苦しみから解放されると思うと、胸のつかえがとれたような気がした。俺は「分かった、別れよう」と答える。すると、彼女は俺の頬を思い切り叩き、荷物をまとめて家を出て行った。その日の夜、身体中の水分がなくなりそうなほど、泣き叫んだ。頭が痛くなり、ベッド眠っても……次の日の朝には彼女を思い出して泣いた。



 

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