第5話
「ロナルド様、ロナルド様!」
リイナが何度呼んでもロナルドは止まらなかった。もう誰もいない中庭の奥まで来ている。強く握られた腕も、履きなれないヒール靴で早歩きする足も随分前から悲鳴を上げていた。
「痛い、痛いですって!」
リイナが情けない声を上げると、ロナルドは漸く止まり手を離した。ロナルドに握られた腕は赤くなっている。足も確実に靴擦れが出来ているだろう。怒りたいのはリイナの方なのに、ロナルドは不機嫌そうに言葉を吐いた。
「……っ、連れてこなければ良かった。」
そう聞いた瞬間、リイナの目にじわりと涙が浮かんだ。
「……っ!じゃあ連れてこないで下さいよ!」
「……何?」
「私はもう!ロナルド様の隣には立てない立場なんです!学生時代とは違う!社交には出られないし、ドレスも一着も無い!マナーだってもう忘れてしまったのに。勝手に連れてきておいて、連れてこなければ良かったなんて……!」
ぽろぽろと涙を流すリイナを見てロナルドは何も言わなかった。「着飾っても褒めてもくれないのに……。」と子どものように駄々を捏ねるリイナの言葉は闇へ消えてしまった。
◇◇◇◇
「リイナ。今日はゆっくり休むんですよ。」
侍女長マリアの言葉にリイナは小さく頷いた。ロナルドからマリアがどう聞いているかは知らないが、朝早くリイナの部屋を訪れたマリアは今日は休むように、とリイナへ告げた。昨日の出来事からロナルドに顔を合わせたくなかったリイナは有難く休むことにした。
あの後、ロナルドは一言も話さなかった。リイナの腕と足に回復魔法を掛けてくれ、そのまま帰りの馬車に乗った。行きの馬車以上に気まずい雰囲気が漂う馬車の中では二人の視線が重なることは無かった。
マリアが運んでくれた朝食を食べると、少し気持ちが浮上してきた。皿を洗いに行こうと立ち上がると、足がじくりと傷み思わず食器を落としてしまう。パリンと音が鳴った瞬間「リイナ!」と慌てた表情でロナルドが入って来た。
「……ロナルド様?」
どうしてここに、と目で訴えると、ロナルドはそっぽを向き魔法であっという間に割れた皿を片付けながら答えた。
「そろそろ回復魔法が切れる頃だと思って来ただけだ。」
「……ありがとうございます。」
ロナルドは昨晩と同じようにリイナへ回復魔法を掛けた。リイナは内心“痛いままでいいから構わないでくれ”と呟いた。そんな心を見透かすかのようにロナルドはギロリとリイナを睨んだ。
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