第3話
翌日。仕事が休みのリイナは使用人部屋の共有スペースにあるキッチンでクッキー作りをしていた。学生時代、調理実習でリイナが作ったものをロナルドが横取りし「まぁまぁだな。」と評したものだ。そんな減らず口を叩きつつロナルドは完食していたのをリイナはよく覚えていた。
オーブンを開けるとふんわりと甘い香りが漂う。
「美味しそう!」
リイナは機嫌よく皿に並べ、一つ味見しようと手に取る。だが、ふわりと手からクッキーが消えた。
「まぁまぁだな。」
リイナから取り上げたクッキーを齧りながら、ロナルドは学生時代と同じ言葉でリイナのクッキーを評した。
「ロナルド様!なんでここに?」
使用人の住居スペースにロナルドが来ることは殆ど無い。リイナが目を丸くするとロナルドはふんっと鼻を鳴らした。
「お前に用事があってな。」
わざわざ来てやったんだ、とロナルドは不遜な態度で言った。リイナが首を傾げていると目の前にピュッと封筒が投げられた。リイナがひょいとキャッチすると、見ただけで上質な封筒だと分かる格式高いものだ。
「王家からの招待状だ。」
「へ?」
「昨日話していた王家からの褒賞だが、祝賀会で授与されることになった。」
「そうなんですね。おめでとうございます。」
リイナがお祝いの言葉を述べると、ロナルドは眉間に皺を寄せ不満そうに言葉を続けた。
「お前も行くんだ。」
「え?」
「王家主催の祝賀会だからな。エスコート必須なんだ。」
「ロナルド様、魔術協会の会長なのにエスコートするお相手もいないんですね。」
リイナがぷぷぷと笑うとロナルドはリイナの耳を引っ張ろうとする。リイナがひょいっと躱すと、ロナルドの眉間の皺は深くなった。
「リイナ。」
「……ロナルド様。私、ドレスを一着も持っていないんですよ。他の方を当たって下さい。」
ロナルドは目を見開き「何だ、そんなことか。」と呟いた。リイナは恥を忍んで伝えたというのに、そんなことと言われてしまい口を尖らせた。
「祝賀会に出るのにドレスが無いなんて死活問題ですよ。」
「それは心配しなくていい。もう準備してある。」
「へ?」
今日招待状が届いたというのにドレスが準備されているなんて有り得ない。リイナがそう伝えると「俺には容易いことだ。」とさらりと言い、部屋に戻ろうとする。リイナは納得いかないながらも、慌てて呼び止めロナルドの為に焼いたクッキーを包んだ。
「何だ?」
「私からの褒賞です。」
リイナから差し出されたそれを、溜息をつきながら見つめる。「褒賞なら断る訳にはいかないな。」と仕方なさそうに受け取るロナルドをリイナは嬉しそうに見ていた。
◇◇◇◇
「な、なんで……。」
祝賀会当日、侍女長マリアの手を借りドレスを身に着けると誂えたかのようにリイナにピッタリだった。ドレスは既製品ではなく明らかにオーダーメイドの上質なものだ。祝賀会の招待状が届いてから準備をすることは不可能な物だ。
「リイナ。あまり細かいことは気にしないで、楽しんでいらっしゃい。」
「でも……。」
「こんなに可愛く仕上げたのよ?楽しまなきゃ損でしょう?」
マリアは器用に髪を結い上げ、メイクも丁寧に施してくれた。鏡の中のリイナは、いつものリイナと違い何倍も可愛く見える。
コンコン、とノックの音が聞こえロナルドが入室して来た。
「そろそろ行くぞ。」
「ロナルド様。リイナ、素敵でしょう。」
マリアの言葉に、ロナルドはちらりとリイナを見る。ロナルドの言葉をドキマギしながら待つリイナだったが、ロナルドは「まぁ、見られるか。」と呟いただけだった。いつもの憎まれ口だ。それなのにリイナはいつものように噛みつくことは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます