第5話 死神を知る者
「うそ…信じられない…
こんなことが起こるなんて…
昨夜のあれは、あの人は本当に死神だったの?」
呆然としながらもアリーはそう呟いた。
死神とは、この国では工作部隊の中のほんの
一握り、暗殺に特化した者のことを意味する。
常に2、3人はいると噂されてはいたが
本当のところは誰にも分からないことであった。
「あれが死神だったとして、だから何だっていうんだ。」
「あの人がやったんじゃないかって…」
「はあ?死神って、いたとしても
総裁付きの最高峰だろそんなことするわけ…」
噂で聞いたくらいではあったがイメージでは
国のトップに忠実に尽くし、あらゆる邪魔者を
消し去る。それに会った者は必ず死ぬと
言われている…
昨夜現れたあの黒い影は存在はしても
ずっと気配が無かった。
恐ろしい暗殺者に違いないと思う反面
果たして総裁や上層部に対して忠実に
従うような気がしなかった。
「あの人全部知っていたのよ、何があったかも
どうなるのかも。あの時間に。
あの人に出会う少し前に振り返った時はまだ
街に火の手は上がっていなかった。
あの人も火の手が上がる前にあの側にいたのに…」
ヌーイはアリーの言う事に素直に耳を傾けた。
「そうだな、確かにそうだ」
全てを知っていたにしては余りに冷静すぎる
彼女がやったのか、彼女の仲間がやったのか
そのどちらかとしか思えなかった。
「でも、だとしたら工作部隊か上層部が仕組んだ
わけだろう?どうも状況的にはそこら辺が
一番混乱して争っているようだ。
予め予定して行動したにしては事後の始末が
ひどすぎる。でも彼らはきっと命令以外で
動くとは思えない。」
ヌーイは以前、一度だけ工作部隊の者達と
仕事をしたことがあった。
ほんの一瞬物を受け渡しただけであったが
あの完璧に己の思想を排除し命令に忠実に動くよう
徹底的に教育された者達が支配者に背くなど
あるのだろうか?
信じられない。
けれどすでに有り得ないことが起こっている中で
何を信じるというのか…
ただ目の前で起こっていることを受け止め、
順応し対策を立てていくしかないのだ。
「死神なんてさ、嘘だと思ってた。
お母さんが『言う事聞かないと死神が来るよ』
なんて脅かすから、嘘の生き物だと思ってた。」
「側近とか大臣が死ぬ度に、『死神の仕業だ』
だって噂になるだろう?」
「びっくりする人の悲報を全部それのせいにして
誤魔化しているのかと思ってた。」
純粋なのか、考えが浅いのか、可愛いところなのか
何となくアリーはそのままでいてほしいなと
思うヌーイであった。
疲れ切っていた2人はこの日このまま村に泊まり
どうやって国外に出るかを考え直さなくては
ならなかった。
戦火が広がれば難民も出るだろう、
果たして上手くいくだろうか
などと考えつつ深い眠りにつくのだった。
昨夜何があって、何故こうなったのか…
それを知っているのは昨夜の死神だけであった。
おしまい
その日駆け落ちをする恋人同士は、死神と出会う 漂うあまなす @hy_kmkm
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