わたしの盗撮写真を偶然拾ったら、学校で最も推し活される王子様系美少女に『推しを前提に友達になってほしい』と告白されました。

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第1話 スカートを履いたわたしが王子様に出会う時

『私、女の子しか養わないから』

 叔母に引き取られて初めて対面した時に告げられた最初の言葉がこれだった。


 当時、小学5年生で、なおかつ同い年の子たちよりも一般常識に疎かったわたしは、あまり叔母の言葉の意味を理解していなかった。

 そういうものなんだなぁ、と受け取って、言われるがままに買い与えられた赤いランドセルを背負った記憶がある。


 けれども、歳を重ねて常識というものを身に付けていくと、『おやぁ? これはおかしいぞ?』とわたしでも気付いて。

 周囲の男子生徒がズボンを履いているのに、自分はスカートという状況に違和感を募らせた。


 ただまぁ、ちゃんと気が付いたのも中学の終わり頃で、習慣となった今ではどうでもよくなっていて。

 なにより、赤の他人とは言わないまでも、叔母にとってわたしは姉の子供で、自分のではない。そんな相手に養ってもらっているのだから、女の子の格好をする程度しょうがないだろう。


『あ~……。こんっなに可愛いのに、うらかが男なんてもったいないよなぁ……。

 男じゃなければぁ……とてもとても残念だ』

 時折、お酒を飲んで顔を赤くし、虚ろな目をわたしに向けてぼそっと呟くのはどうかと思うが。

 わたしが男じゃなければなんだというのか。

 4分の1とはいえ血が繋がっているのだから自重してもらいたい。男でよかったなって思う。


「おはようございます」

 高校。2年生に上がってもスカートは履いたまま。

 幸い、身長は低く、体格も小柄。

 この歳になってもひげやすね毛といった男性的なモノとは無縁で、見た目はそう見苦しくないと思われる。


「お、おはよう……姫偽ひめぎ、さん」

 とはいえ、男が女子の制服を着ているのはやはりおかしいようで、教室に入って挨拶をしても、返ってくるのはぎこちない声だ。

 誰が悪いというのであれば、わたしが悪い。

 クラスメートから距離を置かれているのはわかるけど、叔母の手前男子の制服を着るわけにはいかなかった。


 これだけクラス内で浮きながら、イジメのような行為を受けたことがないのだから、それだけでも十分優しいクラスメートたちだ。

 叩かれるぐらいならまだしも、上履きを隠されたり、制服を切られたりするのは金銭的に困る。叔母に養われている身としては、あまり迷惑はかけたくない。例え、その発端が叔母にあったとしても。


 クラスメートたちの視線を服ごしに感じながら、自分の席に向かう。

 席は身長ゆえに気を遣ってもらい、一番前。教卓の目の前にある特等席だ。

 他の子たちとは違い、鞄は買った当初そのまま。キーホルダーやシールといった飾りなんて1つもない、無味乾燥な鞄の取っ手を机の横のフックに引っ掛ける。


 少し足の長い椅子に座る。床に足が届かず、プラプラ揺れてしまう。

「……ッ」

 隣の女の子が口を覆って、顔を逸らす。笑われたのだろうか。

 まぁ、この歳になってこんなちみっこい男を見たら、そういう反応になるのかもしれない。


 顔を上げて黒板の上に張り付いた時計を見る。

 予鈴まであと僅か。予習をする時間もない。

 なので、特にすることもなく膝の上に手を置いて、先生が来るのを待ち続ける。


 しばらくすると、教室に設置されたスピーカーから鐘の音が鳴り響く。

「おはようございます」

 出席簿を持って入ってきた先生。

 思い思い散らばっていた生徒たちが席に座って、出席確認に移る。


 こうして、少しばかり悪目立ちしながらも、わたしの高校生活が始まる。



 ■■


 好奇の視線を許容するのと気にならないというのは、似ているようで否なるものだ。

 見られているのはわかる。

 どうすればいいのかという、困惑も伝わってくる。


 針のむしろでもわたしは気にしないけど、わたしが居ることによって空気を悪くしてしまうのは本意ではなかった。

 なので、昼休み開始の鐘が鳴ると同時に、わたしは鞄からお弁当の包みを引っ張り出す。見られているのを感じながら、わたしは教室を後にする。


 昼休みで浮かれる生徒たちの間をすり抜けるようにして、わたしは階段を目指す。

 ……のけれど、向かい側から数人の女子生徒たちが走ってきたので、壁際に背を付けるように避ける。


皇塚こうづか様、どこいったのかしら?」

「あぁんっ! 一緒に写真撮って欲しかったのに!」

「あわよくば2人でハートマークなんて作っちゃったり……きゃー!」


 誰かを探しているのか、周囲の生徒たちを見回している。

 ふと、その中の女子生徒の1人と目が合う。

「ねぇ、あなた」

「はい」

 なんでしょう。

「皇塚ヒスイ様をお見かけしなかったかしら?」

「皇塚……あぁ」

 一瞬、誰だろうと首を傾げたけれど、すぐに思い当たりそのまま左右に振る。知ってはいるが、見てはいなかった。


「そう……ありがとう」

 お礼を告げられると、そのまま女子生徒は他の子たちと一緒にまたどこかに走っていってしまった。

 なんだか忙しない。


「どういう関係なんでしょうか……?」

 探し人は先輩だったように思うけれど、同じ学校の生徒が様付けをするというのは謎だ。

 多少、気にはなるけれど、彼女たち以上にわたしには関わりがない。

 まぁいいかと思考を締めくくって、改めて歩き出す。

 目指すは階段。そのてっぺんだ。



 ■■


 わたしを待っていたのは薄汚れた屋上への扉。

 塗装が剥げ、いたるところが茶色く錆びている。踊り場にはダンボールが積まれ、その上には埃が溜まっていた。

 誰も来ない、静かな場所。

 だからといって、こんな埃っぽいところでご飯を食べる気にはならない。


 屋上へ続く扉は施錠されている。

 昔は開放していたらしいけれど、事故があったとか、世情とか、経緯はわからないが今は使えなくなっている。

 事情は知らない。けれど、それはわたしにとって逆に好都合で。

 スカートのポケットから鍵を取り出す。

 スペアキーを借りて複製したものだ。もちろん、学校側は把握していない。

 バレたら問題だけど、それぐらいのリスクは背負うべきだし。

 なにより、ただ待っているだけじゃ、安息の地が手に入らないことをわたしは知っている。


 手に持った鍵を、そのまま鍵穴に挿し込んで、ガチャリ。

 ドアノブを捻って押し込む。

 屋上の扉は分厚く、やけに重い。錆びついているからか、扉と扉の枠がやけに擦れて手から振動と一緒に骨を揺らす低音が響いてくる。


「……っ」

 屋上に出ると、さらわれてしまうような強い風が吹き、無駄に長い髪が流されそうになってしまう。

 飛ばないよう髪を手で押さえながら、今出てきた屋上から突き出すような塔屋とうやの影に隠れて風除けにする。

 ふぅ、と。壁を背にスカートを畳んで座る。ようやく人心地つける。


 春も半ばとはいえ、屋上は穏やかな気候というわけでもない。

 強い風が吹いて肌寒さを感じる。けれど、太陽に近付いただけ降り注ぐ陽の光も強くなっている。

 過ごしやすいとは言えなかった。

 ただ、誰もいないというのは、劣悪な環境に耐えてでも、得難いものだ。


 膝を立てて引き寄せる。

 太ももとお腹の間にできた谷部分に、持ってきたお弁当の包みを抱えるように置く。

 中から取り出すのは手作りの小さなおにぎり。

 費用対効果を考えても、これが一番安いという結論に至った。おかずを用意してもいいけれど、あまり食べてこなかったのもあって胃が小さいのかわたしは少食。小さな両手で簡単に覆い隠せてしまうぐらいのおにぎり2個もあれば満ち足りてしまう。


 食費のかからない生き物でよかったな、って思う。

「……(もそもそ)」

 身を丸めるように小さくなりながら、おにぎりを小さくむ。

 美味しいとか、不味いとかはよくわからない。とりあえず食べないと死ぬから栄養を取ろうぐらいの気持ちだ。

 人間、3週間は食べなくても生きられるというけれど、実際、1週間ぐらいなら死ななかった。小柄なわたしでも、意外と丈夫なんだよなぁ、とご飯を飲み込む。


 わたあめのようなふわふわした雲が点々と浮かび、泳いでいる。

 屋上に登っているせいか、雲の流れが速い気がした。

 ただ漫然と。人のいない場所で過ごしていると、心が凪いだ音を聞くことがある。音なんてしないはずなのに、ざぁーっと鼓膜をなにかがくすぐっていく。

 心が穏やかになっているのか、それとも、息を潜めるように静かに死に近付いているのか。

 どうあれ、自ら求めているのだから、悪いわけではないのだろうと結論付けて――ガタンッと扉を強引に開けるような轟音に耳がピクリと動いた。


「――はぁ……んぐ、はぁぁ……。

 やっと、逃げ切った……」

 誰かの声がした。人であるのは間違いない。

 凪いでいた心に小石を落としたような波が立つ。

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