第10話:羽馬真真理の決意
「お待ちしておりました」
竜華とドラゴン少女が眠りに落ちた深夜、俺は屋上へ行った。
「何か話があるんですよね?」
余計な前置きは飛ばして、真真理に尋ねると「ええ」と彼女は疲れたように頷いた。
「私とお嬢様をここから追放してください」
「……どうしてかって聞くまでもないか。 それは古豪さんは了承していない話ですね?」
「……」
「だとしたら俺はあなたたちを追い出すつもりはありません」
「そうですか。 ではどうしたら追放してくださるか、教えてください。 私に出来ることならなんでもしますから」
真真理は俺の返答を予想していたのだろう。
なんでも、真真理がそう言ったところで思わず俺は彼女の体を見てしまう。 しかし真真理はその視線に気づいても隠すことなく、むしろ見せつけるように胸を張った。
「やめてください」
「別に恥じることはないですよ。 男とはそういう生き物ですし、私はそれを利用し武器にする……それだけですから」
彼女は魅力的だ。
魅惑的な体つき、そして高飛車な容姿も、征服したら気持ちいいだろう。
確信はない。
なんとなくだが、ここで一瞬の快楽を選んだら俺はこの街を首都にするという目的を達成できなくなる気がした。
「……ダメだ」
正直苦渋の決断だ。
俺は真真理みたいな女性とは一生縁のないような冴えない男だ。 正直、口に出した言葉をすぐにでも訂正したい気分だ。
しかし町をみんなが捨てて行ったあの時の悲しみが、
ドラゴンを前に無謀に立ち向かった胸の高鳴りが、
俺の堕落したがる心を支えている。
「俺はこの街を首都にするんだ」
「そうですか……はーあ、あなた相当のおバカさんですね。 まあ猿よりはマシですが」
真真理は深いため息を吐き、胸元から手帳を取り出した。
「行き当たりばったり過ぎます。 まずあのプールですが屋外用よりも屋内用を使用すべきでしょう。 魔物は今のところ言うことを聞いているようですが、あなたの命令は絶対ですか? 仮にあなたの指示を私が伝えたら彼らは従えますか? そもそもダンジョンはどのような機能があるのでしょう? 全て教えてください」
「えっと」
いきなり早口でまくし立てられた俺は口ごもってしまう。 今まで町に大して興味を持っていないように見えたのに、突然どうしたのかと。
「あなたはお嬢様を手放さない。 お嬢様も飽きるまでここにいるでしょう。 力付くは不可能……ならここを首都にしてしまえば、お嬢様のお父様もこの状況を許されるかと」
「だから本気でやると?」
「はい。 あなたの町を想う気持ちは本物でしょう。 ですが運営は本業ではないですよね?」
真真理はそう言って偉そうに腕を組んだ。
「慶応大学経営学科首席であるこの私――羽馬真真理が協力いたしましょう」
〇
「本日のスケジュールについてですが」
朝、ホワイトボードを背に仕切る真真理を見た竜華は目を丸くして驚いた。
「笹本さん、一体真真理に何をしたのですか?」
「いや何も……平和的に話し合った結果だよ、うん」
一瞬、脳裏に見せつけられた真真理の体が浮かぶが、忘れろと自分に言い聞かせた。
「ふ、まあなんにせよ優秀なブレーンが加入したということですわね……何よりうるさく言われなくなるなら助かりますわ」
竜華はいたずらっぽく笑って、そう俺に小声で耳打ちした。
「そこ私語は謹んで」
注意された俺たちは素直に謝って、背筋を伸ばすのであった。
「魅力的な町ってなんだろうな」
朝の会議の最後、俺は真真理から出された宿題を延々と考えていた。
――具体的にどうなれば魅力的な街と言えるのか。
俺が地元が好きな理由は正直言語化は難しい。 それは想い出であったり、見慣れた景色であったり、住み慣れているからだったり、どれもこれも曖昧で再現性がなかった。
漠然と思っていたことは、どこよりも安全で、楽しいイベント、施設があればいいくらいで具体的に考えたことはあまりなかったのだ。
「お前はどんな街に住みたい?」
ふと最近いつも一緒にいるドラゴン少女に尋ねると、彼女はうなりながら眉をしかめた。
「火の流れる死の山がいい」
「うん、お前に聞いた俺がバカだった……」
ドラゴンらしすぎる答えに、今の見た目は人の姿であるため忘れていたがこの少女は紛れもなく自分たちとは違う生き物なんだと俺は再認識する。
「というのは冗談だ。 腹いっぱい美味い飯が食えて、広ければどこでもいい」
「まさかのドラゴンジョーク……分かりずらいって……」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめるドラゴン少女に心の中で謝りつつ、仲間の意外な一面を見れたことに俺はなんだか嬉しくなるのであった。
現代ダンジョンマスターは廃都市を魔改造して首都を目指します すー @K5511023
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