第9話:精霊の果実/クマ鍋
鬼人ゴブリン隊は崩壊しかけている家や施設の解体へ、狼獣人狼人は街周辺の探索兼警備に出掛けた。
「まずは時間のかかる食料生産から手を付けようか」
この地方は正直、田舎である。
そのため畑が、使われているものから、何も植えられておらず放置されているものがたくさんあるのだ。
「じゃあまずは種まきをしようか」
精霊、ピクシーは魔法の得意な種族である。
しかし彼らの特性として種を生み出し育てる植物魔法を使うことができるのだ。
「かしこまりました、そーれぇ」
精霊の間の抜ける掛け声とともに、畑に向かって手を振るとキラキラとした光が降り注ぎ、何もなかった土からにょきっと芽が出てきた。
「……早くない?」
驚きのあまり俺が思わず呟いているうちに、みるみる芽が伸び、樹になり、そして美味しそうな実をつけた。
「えぇ……?」
「私は精霊ですからぁ、少し魔法が強力なんですよぉ」
「少し……?」
「はいっ、少しですぅ」
偉ぶることもなく精霊、一方でピクシーたちに視線を向けると「普通じゃないです!」と主張するかのように激しく首を振るのであった。
「じゃあ次はピクシーたちは次の畑を頼む」
ピクシーたちの魔法も似たような流れだが、やはり精霊よりは魔法の威力が弱いのか芽が出たところで章句物の成長は止まった。
「まあこれでも充分早いけどな」
精霊たちの実力は確認できた。 食糧に関しては彼女たちに任せておけば大丈夫だろう。
ちなみに精霊の魔法で実った果実は、透き通ったような桃のような見た目をしていた。 味はとてつもなく美味しく、食べても食べてもまた食べたくなってしまう麻薬的な美味しさであった。
「……これは危険だ」
「人間界では、この実を取り合って殺し合いが起きたりするらしいですからねぇ」
おとり口調で恐ろしいことを言いだす精霊を、俺はぎょっとした目で見つめて果実をもぎろうとしていた手を止めた。
「別の果実にできないか?」
「ええー? 美味しいのにぃ」
「美味しすぎるんだよ! もうちょっと美味しくない奴で頼む」
そんな俺の訳の分からない要望を精霊は聞き届けてくれ、とてつもなく美味いが脳が焼かれない程度の果実に植え替えるのだった。
〇
「親方様」
精霊の果実による余韻に浸りながら俺が拠点に戻ると、狼獣人が大きなクマを背負って持って来た。
「狩ってきました。 よろしければ今晩お召し上がりください」
俺の身長を優に超える巨体のクマだ。 鳥くらいは捌いたことがあるけれど、クマは捌ける気がしなかった。
「ありがとう。 ところで君、捌けたりする?」
「捌く……? このまま食いちぎれば良いのでは?」
狼獣人は不思議そうに首を傾げた。
竜華と真真理が捌けるとは思えないし、ドラゴン少女などもってのほかだろう。
昔、地元の猟師に振る舞ってもらったクマ鍋が美味しかったので、ぜひ食べたいところだが俺は諦めるしかなかった――そう思ったが、俺は気合を入れるように自身の頬を叩いた。
「そうか、人間は捌いて、調理して食べるんだ。 美味いぞ?」
「……そうですか」
上司に献上したものの、そう言われたら食べたくなるのは仕方なく狼獣人の尻尾が忙しなく揺れていた。
俺はスマホで『クマ 解体方法』を調べて、四苦八苦しながらクマの解体に挑戦するのであった。
精霊の野菜、果実で最低限食料は大丈夫だとしても、肉や魚を食べたくなるだろう。 魚はまだしも、肉は食べたければ誰かが捌かなければならなくなる。
「知らないからといって諦められないよな」
俺は食べたい、ならやるしかない。 そんなモチベーションで解体を終える頃には、すっかり日が沈んでいて俺は疲労困憊でその場に倒れ込むのであった。
「あたたたたた!」
「……我慢してください。 男でしょう」
その後、竜華に起こされた俺は念願のクマ鍋に舌鼓を打った。
しかしクマの解体など慣れていないことをしたせいで、使われたことのない筋肉が一斉に悲鳴を上げ始めたのだ。
それを見かねた竜華が「マッサージします」と申し出て、俺は鼻の穴を膨らませたのだが、当然真真理が静止し、話し合いの末真真理がマッサージをしてくれることになった。
「いったいって! ギブギブ!」
「軟弱な……どうしてお嬢様はこんな奴に興味を持ったのか」
真真理は遠慮のない本格的なマッサージをしながら、ぶつくさ愚痴を垂れていた。
すると真真理は突然、俺の耳に口元を寄せ言った。
「今晩お話があります。 三時間後、屋上に来てください」
驚いて俺が顔を上げると、真真理は平然とした表情で「やりづらいです、寝ててください」と何事もなくマッサージを続けるのであった。
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