第4話:姫と常識人




***



「私は行きませんわ」


 避難し遅れた人々が集まったとある地方の学校にて、とある財閥のお嬢様は首を横に振った。


「お嬢様! どうして避難しようとしないんですか!?」


 そこには自衛隊と、支度を済ませた避難民が迷惑そうにお嬢様一行に視線を向けていた。


 彼女のお守り役を任される秘書であるスーツ姿の女性は怒鳴るのを堪えた大声で叫ぶ。


「お願いですから避難しましょう? このままここに残ってどうしようっていうんです? 死にたくはないでしょう?」


「だって」お嬢様は口を尖らせて言った。


「気分じゃないの」

「……避難というのは気分でするものではないんです。 お嬢様の命を守るために必要なことなんですよ?」

「そんな当然のこと言われなくても理解してますわ」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 お嬢様の小ばかにしたような態度に、秘書は長い息を吐いて激情を抑えた。


「あーあ、行っちゃった。 もう終わりよ」


 そして秘書は避難していく人々の後ろ姿を死んだ瞳で見つめるのであった。


「紅茶を飲みたいわ」一方、呑気にそんなことを言うお嬢様に、秘書は深いため息を吐く。


「もう嫌……誰か助けて……」



***



「おおおおお! あああああ!」


 人がいるという場所は学校だった。


「なんだ……あれ?」


 襲われてる可能性を考えて急いできたものの、目の前の状況に俺は戸惑う。


 モンスターと対峙するスーツ姿の女性が狂ったように大声を上げていた。


「熊の威嚇……?」

「あれに声をかけるのか?」

「いや……いや、どうしようかな」


 相手はゴブリンであり、彼女の圧に引け腰となっている。 もっと逃げ惑っている人を想像していたからか、気持ち的に引いてしまって声を掛ける気が萎えてしまっていた。


「ちょっと! そこの人! 見てないで加勢して!!」

「は、はいいっ!!!」


 とはいえ俺に戦う力はない。 「やってくれ」とドラゴン少女に言うと、彼女は呆れたようなため息を吐いて、ゴブリンへと無造作に近づき腕を振った。


 ゴブリンは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。


「えーと、ドロップアイテムはどこかな?」

「ゴブリンの死体を漁れば豆粒みたいな魔石が取れるかも」

 

 ドラゴン少女がこちらに放ったゴブリンの死体は、血の臭いと獣臭で鼻が曲がりそうなほどくさかった。 正直触りたくはない。


 しかしゴブリンをダンジョンポイントとして吸収するためには、魔石が必要なのだ。


「狩るコマンドは……出ない。 誰かナイフ持ってる?」


 期待はしていなかったが、ドラゴン少女もスーツ姿の女性も首を横に振った。


「こんなものでもよろしくて?」


 すると校舎の方からいかにもお嬢様と言ったふわふわしたドレスを着た少女が包丁片手に歩いてきた。


「ああ、最高だ……ちなみにそんなものどこで?」

「家庭科室で。 実は昔から料理に興味がありまして……良ろしければ味を見てくださります?」


 彼女の優しい微笑みに俺は頷きかけて、突如背筋に悪寒が走り首を横に振った。


「いえ、結構ですありがとうございます。 あの少し離れていてくださいますか?」

「構いませんよ」

「閲覧注意です……忠告はしましたよ」


 これから俺が何をしよとしているのか分かっているのかいないのか少女は顔色一つ変えずにほほ笑んだ。


「じゃあ行きます」


 肉なんて捌いたことはない。

 しかし生きるためには、街を創るためには通らなければならないと俺は自分を奮い立たせて包丁をゴブリンの胸に突き立てたのだった。



 


「なるほど、地方創生ですか。 それは素晴らしい」


 家庭科室で優雅にカップを傾けながら少女――古豪こごう竜華りゅかは感心したように言った。


「……ええ、本当に素晴らしい。 モンスターの危険がなければ、ね」


 スーツ姿の女性、竜華の父親の部下であり、彼女の世話係――羽馬はば真真理ままりは小ばかにした態度だ。


 しかし腹は立たない。

 俺やお嬢様が異常なんであって、どちらかと言えば真真理の考えが正常なのだ。


「ところであなたたちは避難しないんですか?」

「どうなんでしょうね? 私もこれからどうするのか知りたいところです」


 真真理は肩を竦めて、竜華を見つめた。


「私は誰にも縛られない。 ただ心の赴くままに」

「つまり何の計画もないと」

「まあ、そういう言い方もありますわね」

「ならうちに来ませんか――


――これから俺が創る街に」


 竜華はカップを置いて立ち上がる。

 その様子を真真理が戦々恐々と見つめていた。


「いいでしょう。 少なくともここにいるよりは面白そうですわ」


 こうしてドラゴン少女に加えて、新たな住人が二人加わったのであった。




 



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