第6話 メガネ、同郷人を見つける

 やあやあ。

 ……なんだい?そんな眼鏡かけてる人皆おんなじ顔に見えるなぁ、って言いたげな顔をして。

 私だよ、メガネだよ!


 今私達はナハティガル君の部屋に集まっていた。メンバーは私とアンブラとナハティガル君だ。

 そう、私がアンブラに日本人か聞いた後でナハティガル君が追加されました。

 実はアンブラに私の人の姿を見せた直後にナハティガル君が現れて、アンブラに腕を伸ばしている私、眼鏡が突如人になって驚いた様子のアンブラ、そんな二人の仲よさそうに見える光景に固まるナハティガル君という、男女のもつれを感じさせる状況にあります。

 これは、どうすればいいのだろう。アンブラが転生してきたのかも返答もらえてない。でもナハティガル君にこの姿見せないでと言われていたのに見せている状況を見せてるから多分叱られる。ナハティガル君からの信用を失ってしまう。

 うん。信用を失うのが一番嫌だ。とっととアンブラから離れて「違うの!」と浮気現場を見られた女のようにナハティガル君に近づこう。そうしよう。

 そう決めた私だったけれど、その前にアンブラが口を開いた。


「お前も日本を覚えているのか?」


 ナハティガル君を無視して答えるんじゃねー!私は、今、お前の相手をしたいんじゃねー!!


「……ニホン?」


 ほらナハティガル君が怪訝そうに眉を寄せちゃったじゃん!そんな顔も素敵ですけど!でも今はそうじゃない!

 私の叫びが口に出る前にアンブラが嬉しそうに私の肩を掴んだ。


「お前ももしかして転生したのか?あれ、でも眼鏡が本来の姿ってやつか?」

「その方から手を離せ」


 私が口を挟む前に話が進んでいく。やっと喋れると思ったけれどナハティガル君から何かやばい感じがした。

 ナハティガル君に目線を向ければ、ナハティガル君の身体から赤いオーラのような物が出ている。

 え、これはナハティガル君怒ってる?私を取られそうだから?なにそれ最高。興奮で鼻血が出そう。眼鏡に血は流れてないから出ないけれど。

 幸せを味わっていたいのだけれど、アンブラは空気を読む様子も無く少し不機嫌そうに言う。


「ナティ、ちょっと黙って」

「黙るのはお前だアンブラ!」


 流石にもう黙っているのも限界だった。

 私の突然の大声に驚いたアンブラの手を逃れてナハティガル君に駆け寄る。ナハティガル君からはもうオーラは出ていないけれどまだ怒っているように感じられる。


「メガネ様」

「は、はいっ」

「説明をお願いします」


 いつもの落ち着いた声音に聞こえるけど、その後ろに怒りの感情が見える。感じてしまう。

 説明するにしても、どうすればいいのだろう。

 ナハティガル君に転生の事を伝えてもいいのだろうか。誤魔化すにしても「日本」という単語をどうはぐらかすか。それにアンブラが味方に思えたからって理由だけで姿を見せました、と伝えてもナハティガル君は納得しないだろうし。

 私がどう説明しようかと頭を抱えていると、アンブラが勝手に口を開いた。


「信じてもらえないとは思うけど、俺とそいつ、ここに転生してきたんだよ。前世でいた場所が日本って名前」

「え、ちょっとアンブラ!?」

「こういうのは秘密にするにしてもどっかでボロ出そうだし、ナティになら伝えてもいいと思うぞ?」


 確かにそれはあるかもしれない。アンブラの言葉に私は何も言い返せなかった。

 ナハティガル君は黙り込んだ私ではなくアンブラの方に目を向ける。


「メガネ様が人の姿になったのは」

「俺が眼鏡懐かしいなって見てたから転生した者同士だと思って人の姿になったんじゃないか?俺らがいた前世の世界では眼鏡は普通にある物だったけど、この世界では珍しいだろ?眼鏡を知っているから同じ転生した人間だと判断したんだろ」


 ナハティガル君が私の方を見る。間違った事は何もないので私は何度も縦に首を振った。


「別に眼鏡を盗もうとしてないから安心してくれ。それとも、俺はそんなに怪しいか?」

「……私はこの土地に入る前に貴方のステータスを確認したのです。貴方は男で、暗殺者だと」

「そういうのわかるのか?すごいな」


 アンブラは首に巻いていたリボンを外し、躊躇うことなく着ていたワンピースを脱いだ。

 私達の目の前には可愛いリボンで飾った髪の長い少女ではなく、下着姿の髪の長い少年がいる。


「俺の本名はアンブラ。ノヴィルの軍人により、暗殺者として育てられた男だ。俺の目的はプレニルの人間に殺されたという両親の敵討ちだ」


 あぁ、それは確かにファタリテートの主人公アンブラの設定だ。それでも原作のアンブラとは違って微笑みを浮かべて、原作のアンブラとは違って髪を伸ばしている。そして原作のアンブラとは違って、彼は仲間を連れていない。

 聞きたい事は色々あるけれども、それよりも。


「服を着れ!!」


 そう叫ぶことが最優先だった。

 驚いている二人を置いて、私はアンブラの足元に落とされたワンピースを無理矢理アンブラに被せた。


「状況を考えろ!滅多に人が来ない場所で半裸の少年と成人したナハティガル君。危ない匂いを感じるじゃないか!やめろ!私はボーイズラブは望んでいない!!」

「……いや、脱いだ方が男だってわかりやすいかと」

「他にも方法があるでしょ!そういうのは必ずネタにされるの!いい!?」

「んと、眼鏡って呼べばいいのか?」


 アンブラは興奮する私の口を抑えるように顔を掴んできた。私の柔らかいほっぺがぶにっと摘まれるように顔の真ん中に集中される。


「アン!その方に無礼を」

「後で謝るからまず話聞いてくれ。眼鏡も、落ち着いて自分のこと話せ。俺が知らない事を知ってるんじゃないか?」


 アンブラはからかう様子も無く、目線をまっすぐ私に向けている。

 少し悩んだけれど、アンブラに手を離してもらい私は全てを話した。

 私の前世の事。この世界は、私が前世でプレイしていたゲームの世界がここだという事。

 アンブラもナハティガル君も静かに私の話を聞いてくれた。

 話し終わった後も二人は黙っていたから、私はゲームでのアンブラとナハティガル君の展開も伝えた。

 それを全て聞いて、アンブラが息を吐き出した。


「なるほど。俺がゲームの主人公かぁ。漫画みたいな世界だなとしか思わなかった」

「アンブラは知らない?ファタリテートってゲーム名。略するとファタリテ」

「耳にしたことはある程度だな。俺はあまりゲームしないし」

「なんだ残念。同士かと思ったのに」

「日本を知ってるって意味では同士だろ」


 そんな会話をしてから、私達はナハティガル君に目線を向ける。

 こっちは自分達が転生してきたという事を受け入れているし、前世だと転生を題材にした漫画やアニメも一般化してきていた。だから一番ショックを受けているのはナハティガル君だ。

 ナハティガル君は椅子に座り、頭を抱えている。


「ナハティガル君、別に信じなくてもいいからね?この二人の戯言だと思って」

「……いえ、確かに信じられない話なのですが、メガネ様の言うことも合っているところがありまして」


 ナハティガル君は一度息を吐き出し、それから立ち上がって私達を見る。


「地下通路の話はメガネ様を装着して私も通った事がありますのでそちらは例外ですが、アンブラの話は知っています。プレニルの王子が誘拐され、ノヴィルに連れ去られた事件。そしてアンブラの言うノヴィルの人間がプレニルの人間に殺されたという事件は報告が上がってません」

「上がってないだけで秘密裏にされてたってことは?」

「同じ国内ならこちらも確認が出来ませんが、二国が関わっている事件は必ず知っております。プレニルの王子誘拐に関しては、わかっていたのに口を噤むしかできなかったのですけどね」


 そう言ってナハティガル君は私に近づいて膝をついた。


「メガネ様のお言葉を信じます。ですが、今後起きるはずだった未来は出来るならば避けたいところですが、何か方法はわかりますか?」


 ナハティガル君が無事でいられる方法。それはアンブラが来てからも考えていた方法だ。

 一番だったのはアンブラとナハティガル君が出会わないという事だ。

 それは防げなかったことだが、アンブラは転生者だったというイレギュラーが起きた。

 そのおかげでアンブラとナハティガル君に今後起きる最悪な展開を伝える事が出来たのだからそれを避ける事はできるだろう。でも、このまま何も起きないとは限らない。

 地下通路で出会ったプレニルの兵士が何故あそこにいたのかがわからない。ゲームの終盤で判明するかと思っていたけれど謎のままだった。まぁ、ゲームの終盤はナハティガル君が再登場しない事に腹を立ててプレニルの兵士をひたすら倒す事しか考えてなかったので読み飛ばしはあるかもしれない。

 プレニルの兵士があのまま地下通路からこちらに来るのならば地下通路を封鎖すればいい。そして橋もしばらく使えなくなれば一時的ではあるけれど安全になるだろう。そうナハティガル君に伝えてみるも、ナハティガル君は首を振った。


「残念ですが、橋を封鎖は出来ません。橋を渡る為の魔法を唯一使えるのは確かに私だけですが、二国の上の方から要請があればこちらの意思は関係なく橋を渡さなければなりません」

「ナティが動けない状態なら要請があってもダメなんじゃないか?」

「渡る人の確認は出来なくなってしまいますが、どこにいようと私が許可を出せば渡る事は可能になります」

「じゃあナティ仮病作戦は駄目か」


 同じようにゲームのストーリーを変えようと考えているアンブラにふと気づく。


「あれ、アンブラは復讐とかはしないの?」

「しないしない。復讐なんて巡り巡るだろ。そんな不毛な事するより俺は自由に生きたい。でも普通にノヴィルに帰っても逆に俺が殺されそう」

「……もしや女性のフリをしていたのは」

「ノヴィルの知り合いが来てもばれないようにだよ。上司の命令背いてるからばれたらやばいだろ?」

「だからって女装を選ぶの?躊躇いはなかったの?」

「元々こういう可愛い格好とか好きだったんだよ。アンブラは背が低めだし、別の男のフリよりは女子のフリの方が騙せやすそうだし」


 まぁ、確かに小柄なアンブラはよく女装させられているイラストを見た事があったけれど。

 とにかく、アンブラはプレニルに復讐に行かず、そしてノヴィルに見つかるのも危ない。

 でもこのままだとそれにナハティガル君が巻き込まれるのではなかろうか。

 ナハティガル君を守るためにもアンブラを追い出すのが正解の気がする。だがアンブラが同じ転生者なら同士として捨てるのは可哀想だ。そうは思うけれど、他に方法を知らない。

 本当にアンブラを追い出そうと実行しようとしたが、その前にアンブラが軽く手を叩く。


「そうだ。この島ってプレニルとノヴィルのどちらにも属してないって知識は合ってる?」

「えぇ。属してはいませんが、二国に監視されているような立ち位置です」

「中立だってわけではないのか?」

「……ある意味では中立ですかね。深い干渉はありませんが、どちらかが有事の際は力を貸すことになってます」

「じゃあさ。ここを島国にしちゃえばいいんじゃないか?」


 島国。その言葉を私とナハティガル君が同時に口にした。

 この場所を国にする。それに関しては考えてもいなかったし、むしろ考えつかなかった。

 国になるとしてもこちらのメリットはあるのだろうか。ただただ大変な気がするし、国になる事でむしろ他国に狙われるのではないのだろうか。

 私がそれを口にすれば、アンブラは自慢げに答える。


「別に今の状況を変えるわけではないからあっちにはデメリットもないだろ?食糧も島で育ててる物で十分だし、住居も問題ない。後は政治を作るだけで俺らの世界でいう国になる。ついでにここだけの文化とか作って人が集まりやすくすれば、俺が隠れるのにちょうどいいし、国を守る為って名目で兵士を育てられる」

「……国になるのは構わないにしても、兵士を作るのは難しいかと。二国に戦いの準備をされていると思われるでしょうし、あとは兵となりえる人材が残念ながら」

「そういえばここは若い人がいませんよね。ほとんどお年寄りの方ばかりで」


 私の周りに集まった人もお年寄りであれば、畑仕事をしているのもお年寄りであった。橋で警備をしている兵士はお年寄りではなかったけれどナハティガル君よりは年上であった。


「小遣い稼ぎで害獣退治とかしている奴らいるだろ?確か冒険者だっけ。あいつらにお願いすればそれなりの数を集めれるだろ。あと、ここに若者がいない理由が出稼ぎとかだったりしないか?」

「……よくお分かりで。出稼ぎであったり、都会に憧れを覚えたり、どちらかの宗教に入る為だったりもします」

「都会に憧れた奴らは無理だとしても、出稼ぎなら集められるんじゃないか?宗教に関してはこっちでも何かしら用意すればいい」

「そう簡単に宗教が受け入れられるとは」


 だんだん語尾を小さくしながらナハティガル君は私に目を向けた。私が首を傾げるも、もう一つ感じた視線を追うとアンブラもこちらを見ていた。

 なんだか嫌な予感がする。


「物が人の姿になるとか、すごく神様っぽくないか?」

「え?」

「メガネ様には一度助けてもらってますし、とても神様らしさを感じますよね」

「ちょ、ちょっと?」


 私を置いて二人の意見が合致していく。やめて。私に関する事を私を置いてけぼりで進めないで。

 そしてものすごくめんどくさい事に巻き込まれた気がする。私はただナハティガル君を守りたいだけなんですけど。


「よし、じゃあ眼鏡を神にした宗教を流行らせよう」

「ちょっと待ってよアンブラ!?私まだいいとはいってないし、宗教を作る必要なくない!?」

「この世界で人を集めるなら宗教があったほうがいいだろ。なぁナティ」

「えぇ。基本的に二国は神がいてこそ国の法が決まっています」


 ナハティガル君は一度咳払いをしてから右手を東に向ける。


「東にあるはプレニル国。女神を信仰し、女神の思想の下、平等を謳う国です。かの国では国民達は平等に仕事に就いており、報酬は平等。食料などの生活必需品は配給制です。仕事はその家族で決まっています。ただ隣国への移動はかなり厳しいですし、平等の為と法律もなかなか厳しい国です」


 そう言ってからナハティガル君は今度は左手で西を指す。


「西にあるのはノヴィル国。男神を信仰し、男神の思想の下、貧富の差がある国です。貧富の差があると聞くとよろしくないと思われるかもしれませんが、プレニルとは違い職は自由に就けますし、働いた分の報酬はその方の努力分頂けます。どんな家庭で生まれても才能を活かせれば暮らしをよくできます。力こそすべての国なので孤児等が多いのが問題ですね」

「思ってたんだけど、その神様には会えるのか?誰かが神様が言ったとか偽装してる可能性は?」

「ありません。神に会えるのは限られた方のみで、私もお会いしましたが聞いた通りの方々でした」

「会えるのか」


 なるほど。神様の意思が関わってくるのか。

 国をどう作るか、どうしていくのかは神様次第。そうなると新しくできる国も私次第ってこと?


「……あの、アンブラとナハティガル君」


 二人で議論しているところを止めて恐る恐る尋ねてみる。


「もし本当に国を作るなら、どんな国が良いと思う?」


 その問いに二人はそんなに考える事はなく当たり前のように答えた。


「好きな事を自由にやるって国だろ」

「好きな事を夢中にやれる国ですね」


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