第5話 剛の話
「ごめんね、ついてきてもらっちゃって」
「気にすんな。ストーカーに悩まされてるなら一緒に帰ってやるに決まってるだろ」
「でも先輩にわざわざバイト終わりまで待ってもらっちゃったし」
「いいんだよ。むしろ彼女にそれぐらいしてやれって怒られる。俺が俺に」
「……うへへ」
「その笑い方はどうなんだ」
「いやぁ、嬉しくて」
「喜んでいただけたなら何よりです」
「ほんと、良い彼氏ですね先輩」
「こんな彼氏を持って幸せですか?彼女さん」
「幸せですよ。彼氏さんはいかがですか?」
「俺が好きだからって可愛い格好して大学に追っかけてきた可愛い彼女を持てて幸せです」
「正直者め」
「嬉しいだろ?」
「勿論。あ、そろそろですね」
「ホームまででいいのか?」
「はい。同じ電車を友達も使ってるので電車の中で合流するし、駅についた時は親がホームまで迎えに来てるし」
「そっか」
「一緒に来てくれるつもりだったんですか?」
「頼まれたらな」
「優しい彼氏さんで彼女は幸せです。そんな彼氏さんにアメちゃん一つあげましょう」
「お礼が飴一個?」
「今度沢山の飴玉あげますね。私お気に入りの」
「レモン味以外を押し付けるつもりだろ」
電車を告げるアナウンス。人々の会話。そして隣にいる彼女の声。
いつも通りの生活が続くのだと思っていた。その瞬間までは。
今来るのは快速で、ただ目の前を通り過ぎるだけのはずだった。その電車が目の前を通過する前に背中を強く押された。
食べようとした飴玉は先に線路に向かって落ちて行き、それを追うように俺の身体も線路に向かって宙を舞う。
なんとか首だけでも振り返れば、見知らぬ男が彼女の隣に立っていた。
事故ではない、故意に押された。突き落とされた。
そう気づいたと同時に、そいつが彼女のストーカーなのだろうと予測できた。
マズい、彼女を守らないと。離れさせないと。
自分の今の状況をわかっていない思考。
視線を彼女に向ければ、彼女もまた何が起きたのかわかっていないことが表情から見て取れた。
飴玉は砂利にぶつかるも割れることなく転がった。
だが飴玉の無事を喜ぶものは誰もいなかった。
俺は
だが物心ついた時から、俺はリボンとかフリルとか、女の子らしさの象徴のような可愛い物に興味があった。
あまりに見つめてくる弟に姉は人形遊びをするかのようにリボンをつけてくれたのが今でも忘れられない思い出だ。
だがその行為は父に叱られていた。男らしくあれ、と言われた。
母は許してくれたけれど、おもちゃ屋で可愛い人形を見る事は許してくれなかった。それよりもロボットの方がいいんじゃないかと勧められていた。
どんなに好きでも男である以上は可愛い物を手に入れるのは難しいのだと、幼いながらも学んでしまった。
小学校に上がっても可愛い物が好きだという気持ちは消えなかった。
女子になりたいわけではない。赤いランドセルが羨ましいとは思えなかったからそれは確かなのだ。
女子の着てくる服を見るだけで心が弾んだ。可愛いキャラクターや可愛い色、可愛いデザイン。それらは全て、男である俺は望んではいけないものだった。
人知れず、真っ白なノートに可愛い物を描くことが趣味になった。羨ましくてよく見ていたからかその絵は日を追うごとに上手くなっていた。
中学に上がり、俺の身体は成人男性に近づいた。
それは可愛い物が似合わなくなったという事でもあり、身体計測で盛り上がる友人達の中には入れなかった。
運動音痴だったわけでもなく、身体を動かすのも嫌いだったわけではないが、美術部に入部した。
絵ぐらいは好きに描こうと夢中になって筆を走らせていたが、俺の渾身の作品は「男の癖に女のような絵を描く」という評価を得ただけだった。
その顧問の言葉が思いの外ダメージになったらしく、自分の好きな物が詰まっている作品は作らず、人物画を描くことが増えた。
高校に入っても絵を描くことはやめなかった。
人物画が得意だと知った友人に頼まれ、金髪になった友人を想像して描いたところ凄く喜ばれた。
そして思った以上に喜んだ友人の言葉で同じような事を頼まれることが増えていった。
髪の色を変えたい、こんなメイクならどんな印象になるか、二重だとどうか、そんな希望を聞いている内に自然と髪の事、メイクの事の知識が増えていった。
そんな中で「こんな服装が似合うか確認したいから描いて欲しい」と依頼を受けた。その服を雑誌で見せてもらうと、俺は思わず固まってしまった。
それはリボンやフリルがふんだんに使われた服だった。
頼まれたからという名目で雑誌を借り隅々まで目を通した。どのページも可愛いが詰まっていて心が弾んだ。そして、それを描いてもいいのだという事実に、抑え込んでいた箱が勢いよく開いた。
出来上がった絵はとても喜ばれた。俺の好きな可愛いが初めて人に喜ばれたのだ。
それから自然と進路は美術系の大学に向かった。
明確なゴールはまだ見つけていないが、自分の隙を誇れる道を、人に喜ばれる道を目指そうと決めていた。
大学二年になると、高校の後輩が俺を訪ねてきた。
高校では自分に自信がないと顔を前髪で隠し、自分には似合わないと可愛らしい物を持たなかった後輩は、俺が好きな可愛い物が似合う女性になっていた。
それでも手放せなかったという眼鏡を弄りながら後輩は言った。
先輩が勧めてくれたから自分は変われた。先輩のおかげで自分に自信を持ち始めた。こんな私でいいのなら、付き合ってください、と。
……ん?
なんで前の事を思い出しているのだろう。これではまるで走馬灯のようじゃないか。
俺は死んでしまうのか。彼女を残して。
俺の好きな物を受け入れてくれる存在を残して。
せめて彼女の無事を祈りたい。
他にも、俺の願いが叶うのなら。
もし生まれ変わる事があるなら、また彼女に会いたい。
その時は周りに縛られず、自分の好きを貫いていきたい。
まぁ、生まれ変わるなんてマンガやゲームみたいな話、あるはずはないのだろうけれど。
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