第4話 メガネ、主人公と出会う

 ファタリテートというゲームの主人公はアンブラという名の少年だ。

 彼は元々プレニルの教皇の息子、所謂王子様であったのだけれど、彼が3つの歳の時にノヴィルの者に誘拐された。

 誘拐されてノヴィルにやって来た王子は「アンブラ」という名前をつけられ、自分の本当の正体も知らされず、自分の親はプレニルの者に殺されたのだと言われ、復讐の為にもと暗殺者として育てられた。本名に関しては、ゲーム上で公開されたことはない。

 暗殺者として育ったアンブラは15歳を迎え、プレニルに親の敵討ちという名目で旅立つ。そんな彼の復讐劇がこのゲームのメインストーリーだ。

 アンブラの性格は暗く、人に気を許さない冷酷な性格だ。ゲーム内で彼の笑顔なんて1シーンもないし、仲間達と仲良く談笑なんてものも全くない。

 旅の仲間として奴隷を買うけれどそれも目暗ましが目的であるし、途中で仲間になる騎士も行き先が同じだからとか心配だからとかそんな理由であり、アンブラが好意を持った人間はほとんどいない。

 そんな性格だからか「こんな主人公は嫌だ」というようにアンブラが嫌いなファンもいれば、「クールキャラが良い!」というファンもいた。

 私はというと、彼のその冷え切った心を溶かすきっかけになったのがナハティガル君で、アンブラがいるからナハティガル君のキャラが映えるし、ナハティガル君がいたから後半のアンブラに対してのファンの反応も良くなったのだから、二人はウィンウィンな関係で最高だ。どんなにアンブラが冷酷だろうがそれがナハティガル君を際立てるのだからもっと冷酷であってほしい。でもアンブラを変えるきっかけになったナハティガル君重傷事件は許せるものではなかった。


 ここでナハティガル君重傷事件について説明しよう。

 アンブラの目的地であるプレニルに行くにはナハティガル君が守る橋を渡らなければならなかった。だが、普段はナハティガル君の魔法で渡れるのに、橋のところだけ天候が荒れ、ナハティガル君の力をもってしても渡る事ができなくなっていた。

 早く渡りたいと苛立つアンブラにナハティガル君は地下道の存在を教えるのだ。その地下道は緊急時にのみ使われる道で、緊急時に使うと決めているのにまったく整備されていない。地下道にいる獣を倒すついでになら通ってもいいと許されたのだ。その際にナハティガル君も地下道の状況を見る為にとパーティに加わったのだ。

 戦力として、というよりはナハティガル君の知識をプレイヤーに公開する為のキャラクターだった。その知識から必要な素材等を集めることに活用できる。

 こうしてナハティガル君もエンディングまで一緒だと信じていたのだが、地下道の最奥で二人の男に会ったのだ。

 一人は子供のような見た目、もう一人は背が高い青年だった。彼らはプレニルの軍人と名乗り、アンブラ達を敵とみなしたと言って戦闘を仕掛けてきたのだ。

 アンブラの戦法はほとんど奇襲型で、その敵の死角を狙った攻撃を二人は楽々と交わし無効化されていた。

 なんとか戦闘が終わったと思ったけれど、イベントムービーでいつのまにかアンブラに忍び寄ったもう一人の軍人が毒を込めた槍の攻撃により重傷を負うところだった。

 そのアンブラを身を挺して守ったのがナハティガル君だったのだ。

 軍人たちはその場から去ったけれど、腹部の傷と毒に苦しむナハティガル君を外に出てすぐにある村に運び、アンブラは聞いた。「何故、自分を庇ったのか」と。

 それにナハティガル君は答えた。「自分でもわからないが、ここで君を殺すわけにはいかないと思った」と。

 その言葉はアンブラにはわからないものだった。今までの彼だったらナハティガル君を放置して自分の復讐を早く果たす事を優先するはずだった。なのにアンブラはナハティガル君がかかった毒を唯一治せるという希少な花を探しに出たのだ。

 花を探す道中で騎士や奴隷の話も聞くようになり、そして自分について見つめなおすきっかけにもなった。

 そして彼は親の復讐に関しても疑問に思う事になる。それはノヴィルで花を探している際に入って来た情報の中で、ノヴィルでそんな事件はなかったと聞いたのだ。

 確かに自分はノヴィルとプレニルの国境付近で生まれ、プレニルの兵に両親を殺されたと聞いたのだ。そんな事件がもみ消された可能性もあるが、自分は本当にこの復讐を果たすべきかと疑問に思うようになるのだ。

 無事に花を見つけ、ナハティガル君の中の毒が無事に抜けきり、後は怪我が治るのを待つだけという時に、プレイヤーは選択肢を迫られるのだ。

 このままアンブラは復讐を果たす為にプレニルを目指すのか、それとも真実を知るためにノヴィルに戻るのか。

 ちなみにどちらの選択肢を選んでも、まだ傷を負っているナハティガル君はパーティからは抜けてしまい、今後戻って来ることも無い。

 そう、ナハティガル君はアンブラのターニングポイントを決めるきっかけになるキーパーソンなのだ。


 ここまで長くなってしまったけれど、ナハティガル君の眼鏡に生まれ変わった私はナハティガル君を守ると決めたのだからこそ、アンブラに会わせるのは避けたい事だったのだ。だというのに、こうしてアンブラはやってきてしまった。

 笑顔を全く見せない、むしろ表情筋動いてないんじゃないかと思えるぐらいの仏頂面のはずが、今目の前で可愛い笑顔を見せていようが。

 戦闘の際に動きやすい様にと装飾をつけないはずが、可愛いリボンで腰を縛ったり首にスカーフ巻いたりしていようが。

 男のはずなのに、女のような見た目になっていようが。


 ……うん。現実を受け入れるのは難しい。驚きすぎてレンズにヒビが入っていないか心配になるメガネです。


 同じように驚いていたナハティガル君はすぐに立ちなおして彼がこの場所に入ってくることをあろうことか許可した。

 アンブラの職業が見れてないのかとナハティガル君が一人になった時に擬人化して問いただしたところ、ナハティガル君は安心させようとしているのか、いつもの綺麗な笑顔を向けてくれた。


「暗殺者というのは気になりますが、だからと言って目につかない場所に行かれてどこに行ったか分からなくなってしまう方が怖い所がありますので。ちゃんと警戒はしておりますのでご安心ください」

「……ナハティガル君がそういうなら。私もちゃんと監視するね」


 この世界に関してはナハティガル君の方が知っている。私はとやかく言うのではなく、ナハティガル君に危険が無いように目を配らせる事を重視しなければ。眼鏡だし。

 スキル:付喪神で一人で動けるし、監視するのは簡単にできるでしょう。


「あ、メガネ様。彼の目的がわかるまではその姿に変わるのは避けてください」


 ナハティガル君のお願いのせいで、それも出来なくなったけれど。


 



 ナハティガル君と一緒に見ているアンブラは、特に不審な所はどこにもなかった。

 この場所には宿泊施設は無い為、ナハティガル君が持て余しているという屋敷の空き部屋にアンブラを泊まらせている。

 滞在しているアンブラは畑の世話を手伝ったり、オススメだというリボンなどのこちらでは見る機会がなかったものを売ったりしている。

 そしてよくナハティガル君に話しかけに来ている。

 別に歳が近いわけではないけれど、若い人が少ないからか話は合っているようだ。

 とはいえ、暗殺者のアンブラがあまりナハティガル君に近づくのは私が嫌だ。男だってわからなかったらまるで自分に気を引かせようとしている女のようで、アンブラを睨む視線がさらに鋭くなっていただろう。


 そして今日、私はナハティガル君の部屋に置かれていた。

 ……何故今ナハティガル君と離れているのだろうか。私も知りたい。

 あ、確か畑仕事手伝わないとなーとかナハティガル君が言っていたような気がする。畑仕事手伝う時ってナハティガル君は私を汚さないようにか私を置いて行ってしまうんだよね。

 あはは。すごく困った。

 ナハティガル君のお願いがあるから擬人化は使いたくないし、でもナハティガル君から離れているのは凄く不安。きっとアンブラもナハティガル君と一緒に畑仕事手伝ってるんでしょ?どうしてやろうか。


 頭の中でアンブラに対する悪戯を実行していると部屋のドアが開いた。

 ナハティガル君が帰って来たのだと思い、擬人化を使って叱ろうかと思ったのだが慌ててそれを止めた。

 やってきたのはアンブラだったのだ。


「あれ、ナティいないの?」


 ナティはナハティガル君の愛称のようだ。アンブラしか使っていないけど、ナハティガル君を愛称で呼ぶなんて全くうらやまけしからん恐れおおい。

 アンブラは部屋をきょろきょろと見てから私に目を向けた。

 私に近づいてその手で私を持ち上げた。レンズに触らないように、テンプルと呼ばれる眼鏡を支える場所を持ち、自分の前にかざす。


「なんだ。いつもかけてるけどファッション用だったのか。度が入ってないや」


 こいつ、眼鏡の扱いがわかってる……、あれ?


「この世界でも眼鏡ってあるんだな。懐かしいな」


 アンブラの発言と行動、これは眼鏡がなんなのかわかっている。

 ゲームのアンブラとは違う性格に格好。

 考えられるのはただ一つだ。


 私はすぐにスキル:付喪神を使用した。

 手の中にあった眼鏡が少女の姿に変わり、アンブラは驚いているようだったがそんなのは気にしている場合じゃなかった。


「君、もしかして日本にいた!?」


 後々考えてみれば、日本ではない外国の人間の可能性もあっただろう。でも確証は何もないけれど、彼も同じ日本人なのではないかと確信していたのだ。

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