第3話 メガネ、女神ではない

 どうしたの?マスクしたら眼鏡が曇って前が見えない、みたいな顔をして。

 久しぶり!メガネだよ!

 メガネは今ふかふかのクッションの上にいるよ!

 メガネがわかっていることはそれぐらいだよ!


 確か私は溢れる自然の中で全裸の少女の姿をしていたと思うのだけれど、今私はナハティガル君の部屋にいる。あれから時間が経ったのかもわからない。部屋にはナハティガル君の姿も無いから聞く事も出来なかった。

 なにかわかるだろうかと自分のステータスを見てみる。

 特に変化がない、と思わせてスキルの内「付喪神」の文字の横に設定と書いてあった。設定の文字に集中してみれば、ステータス画面を覆うように一人の美少女の全身写真が現れる。

 ……うん。とても美少女だ。残念なのは全裸であることだが。

 藍色のロングヘアに薄灰色の垂れ目。まだ成長途中の体型。恐らくこの姿は、私が眼鏡から人の姿になった時の姿なのかもしれない。

 設定とあったという事はこの姿をいじれるのかもしれない。こんな美少女のどこをいじれというのか。

 しばらくその姿を見つめてから、結局顔や身体を変えるのはやめた。であれば、一番いじりたいのは服装だ。

 どうやったら服装を決められるのかは説明がなかったのでとりあえず想像する事にした。無難に白のワンピース。

 すると、少女の身体に想像通りの白のワンピースが着せられた。

 これはつまり、思い通りに服が着せられるという事か。服を買う必要もなくかなり便利な機能だ。

 しばらくファッションショーを楽しんだ後、ナハティガル君の衣装が少し和服に近いデザインなのでこちらも和服のようなワンピースを想像して着せた。

 早速スキル付喪神を使ってみれば眼鏡から人の姿に変わった。勿論、先程着せた服を着ている。

 袖がちょっと長かったかもしれないが、白を基調にしたこの服はなかなか似合っている。ただ、何故か過度な装飾が出来なかったのが残念だ。

 

「さーてと」


 それなりに時間がかかったはずだが、ナハティガル君はまだ帰ってこない。

 眼鏡の姿に戻って待っているのもいいかもしれないが、部屋にある窓からは青空が良く見える。とてもいいお散歩日和だ。


「……よし」


 どうせなら、と私は散歩をする事に決めた。

 ナハティガル君の家はなかなかに大きいけれど、ナハティガル君の眼鏡である私は玄関までの道のりなんて迷うことなくたどり着ける。結構な距離ではあったけれど幼児の体力のおかげなのか疲れはそんなにない。前世では確実に肩で息をしていただろう。

 

 異世界、しかもゲームの世界となると街並みは美しい洋風の建物が並ぶと考えるだろう。

 だが、ナハティガル君がいるこの町はまるで昔の日本の街並みだ。時代としては明治か大正ぐらいだろうか?

 洋風な建物もあるけれど、それは一か所にまとまっていて、町の8割はまさに日本の景色だ。

 驚いた事に田園もあるので、もしかしたら食事も日本よりなのかもしれない。

 残念ながらナハティガル君が食事の時は私を装着していないので実際に見た事はないけれど。

 確かゲーム本編での主人公がいた街は和風なものは無く、その街並みは良く想像する異世界の街並みだ。もう一つの大国はどうだったかはよく覚えていないけれど。

 

 田園に張ってある水を眺めながらゆっくり歩く。その水中にはメダカらしき小さな魚や虫が気持ちよさそうに泳いでいた。

 私の周辺には田園で作業している人や畑で作業している人、椅子に座って井戸端会議している人と、住人の数は多かった。

 ただ、そのほとんどは老人が多く、学校にでも行っているのかそれとも他の仕事に就いているのかはわからないが若い人はほとんどいなかった。特に男性の姿は少ないように思える。


「まぁ、前世での平日の昼間とおんなじか」


 そう呟きつつ、道端に生えていた猫じゃらしに似た草を摘み片手に持つ。

 若い人が少ないのも不思議ではあるけれど、もう一つ不思議な事としてはすれ違う人皆優しく声を掛けてくれる事だ。いや、声を掛けてくれるのはまだいいけれど、遠くの人もどうやら私の方を見ている。

 ……子供が珍しいのだろうか。それともこの格好はどこかおかしいのだろうか。

 立ち止まって自分の姿を確認していると、誰かが近づいてきた。


「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたんだ?」


 素敵なハスキー声。どこか聞いた事がある声だ。

 顔を上げるとそこにはがっしりとした体格の男性がいた。

 オレンジの髪をオールバックに、少しつり上がった緑の瞳は優しい色を浮かべていた。

 私と目が合った彼は驚いたように目を見張った後、視線を合わせるように片膝をついた。


「こないだ領主様といたお嬢ちゃんじゃないか。今日は一緒じゃないんだな」

「領主……、ナハティガル君のことですか?」

「あぁ。一昨日お嬢ちゃんを抱えた領主様を見かけたんだ。あの時は眠っていたが、怪我でもしてたのか?」


 成程。至近距離のナハティガル君にキャパオーバーして倒れてから三日経ったのか。しかもあの後ナハティガル君に抱えられたなんて、あの時倒れてよかった!

 不思議そうに見てくる彼に安心させるように笑顔を向けた。


「大丈夫です。少し驚いて気絶してしまっただけです。ナハティガル君には悪い事をしてしまいました」

「そうか。何もなかったのなら安心だ」


 そう言って彼は私の頭を軽く撫でた。中身の年齢が25歳なので頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう。少し恥ずかしさを覚える。

 彼は少し懐かしむような笑顔を見せてから立ち上がった。


「それじゃ、俺は仕事に戻るよ。また会う機会があればこうやって立ち話に付き合ってくれ」

「構いませんよ。人と話すのは楽しいですし」

「そりゃよかった。それなら周りの爺さんや婆さんにも付き合ってやってくれ」


 じゃあまたな、と彼は一礼して歩いていった。私に対して子供に接するような態度だったと思うのに、何故最後に一礼したのだろう。

 不思議に思いながら背中を見送っていると、誰かが私に近づいてきたのか足音が聞こえた。

 振り返ってみると二人のお婆さんが私に笑顔を向けていた。


「女神様、もしよければおにぎり食べないかい?」

「急ぐ用事が無ければこの婆ともお話ししてくれないかねぇ」

「えっと……、構いませんよ」


 少し驚いたけれど急ぐことも何もないので頼みを受け入れた。けれどふと、引っかかる事があった。


「……女神?」

「ん?女神様じゃないのかい?」

「違いますよ。私は普段ナハティガル君の傍にいる眼鏡です」


 自分の胸に手を当てて誇らしげに答える。

 お婆さん達は何度か瞬きをしてお互いの顔を見合わせてからまた笑顔を向けた。


「そうかい、メガネ様かい」

「それじゃあ、改めてメガネ様。こっちにおいで」


 “様”付けは気になってしまうけれど、とりあえずは気にしないでおくことにした。

 お婆さん達についていくと、小さな民家についた。外に置いてある竹製の椅子に腰かけるとお婆さんは小さなおにぎりを持ってきてくれた。お礼を言って一口食べてみるとしっかりと塩味がついていて美味しかった。眼鏡に転生してからそんなに経っていないのに、なぜか懐かしく感じてしまう。

 お婆さん達と他愛のない会話をしていたら、いつの間にか人が集まっていた。しかも来る人来る人がおにぎりやらキュウリやら立派に育った野菜等を私の前に置いていく。これではまるでお供え物ではないか。


「しかし本当に可愛い子じゃねぇ」

「初めて見た時は驚いたもんだったけどのぅ」

「初めて?」


 真っ赤に育ったトマトにかじりつきながら新しく来たお爺さんに目を向ける。お爺さんは目を細めて、白く伸びた自分の髭に触れながら言う。


「ナハティガル様に抱えられてきたからのぅ。幼い子に何かあったのかと皆慌ててのぅ」

「そうじゃそうじゃ。ナハティガル様が心配ないと言ってくれんかったら、わしらは心配し過ぎて沢山ぶっ倒れてたじゃろうて」

「流石に倒れんじゃろ。でもまぁ、もう信じとらん神に頼み乞い願ってただろうな」

「ナハティガル様が大事に抱えておったもんじゃから、とても大事な子なんじゃろうってな」


 私が気絶している間にそんなことがあったのかとみんなの会話を聞いていたけれど、気になった単語がある。

 気絶した私をナハティガル君が抱えてきた。

 抱える?

 おんぶでも担ぐでもなく、抱える?

 赤子を抱えるように?それともお姫様抱っこ?

 私のファーストお姫様抱っこを?


「お姫様抱っこの日を制定しよう」

「え?」

「何でもないです」


 思わず口に出してしまった。聞き返したお婆さんに何でもないと笑顔を向けて誤魔化した。

 それにしても私は何で気絶してしまったのか。そんな幸せをこの目で見て体験できないなんて。まぁ、起きてたら抱えられなかっただろうし、起きてても抱えられた奇跡に気絶するだろうけれども。


 そんなことを考えていると沢山集まっていた人々が両脇に寄っていく。その出来た道をナハティガル君がこちらに向かって歩いてくる。

 あぁ、やっぱり推しは素敵だ。まるでレッドカーペットを歩く俳優みたいだ。


「こちらにいましたか、メガネ様」

「え、もしかして探してくれてたの?」

「はい。恐れながらメガネ様の力が必要になりまして」


 推しが私を探してくれるなんて。前世では私がナハティガル君のグッズが無いかと探しに探していたというのに。

 私は立ち上がり、すぐにナハティガル君に駆け寄ろうとしたけれど、ふと自分の前に供えられた野菜を見る。

 折角もらったのだから持って帰りたいところだけれど、流石に全部を抱えて持っていくには難しい。

 私の考えが読めたのか、ナハティガル君は傍にいるお婆さんに何か頼んでから私に手を差し出す。


「野菜は後で私の家に持って行ってもらいます。ですので安心してください」

「あ、ありがとうございます」


 それなら皆の好意を無下にする事にもならないだろう。

 私は安心してナハティガル君の手を取った。それだけで私の身体は一瞬で元の眼鏡に変わる。

 もう少し人の姿でいられたけれど、皆に私が眼鏡だということを目の前で教えとくのもいいかもしれないと思ったのだ。

 ナハティガル君は慣れた仕草で私をかける。それから皆に頭を下げてから歩き出した。

 ……そんなナハティガル君に皆が手を合わせていたのはなかなかシュールに思えた。


 ナハティガル君は家ではなく、二国を繋ぐ橋に向かって歩いていた。

 国の名前は覚えていないけれど、二国を唯一繋ぐ橋。その橋を渡るためにはナハティガル君が必要らしい。

 でも、それに私は必要ないはずだけれど。

 眼鏡の姿でもナハティガル君と会話できればいいのに。そんなスキルがないものだろうか。

 ……例えば、SNSみたいに吹き出しが見えるようになるとか。

 スキル取得はどうすればいいのか後で調べてみよう。


 ナハティガル君がしばらく歩くと、レンガを積んだ壁が見えてきた。壁はナハティガル君の胸の高さまでしかない。ちなみに、ナハティガル君はなかなか長身。多分180は越えてるんじゃないかな。正式な設定は発表されてないけれど、今の私の視点だとそのぐらいだと推測できる。これはモテますね。

 壁の向こうには荷物を持った人が数人いる。それと和服のような服を着た人が二人。その内の一人は先程話しかけてくれた男性だ。


「待たせてすまない。これからステータスの確認を始めさせてもらう」


 その言葉に私が必要だった理由が分かった。

 一応橋を渡る人の素性を簡単に調べるのだろう。その為にもステータスを見れる私が必要だったと。

 それならこの眼鏡、ナハティガル君の為にも働きましょう。ナハティガル君の為ならばどんなブラックな仕事でも完璧にこなしてみせましょう。

 ってことで、スキル:開示ステータス

 スキルを発動すると壁の傍に並んでいた人たちの名前、年齢、出身地、職業が表示される。多分犯罪歴とかある人の場合はそれも表示されるのかな。

 ナハティガル君は私越しにステータスを確認し、確認した人に男性が紙を渡していた。許可証みたいなものなのかな。


「大国間渡河希望者は以上です。あとはこの村に滞在希望者が一人います」

「わかりました。フォルモさんもお疲れ様です」

「いえいえ。これぐらいしかできないですので」


 声の良い男性はナハティガル君に一礼して橋と村を繋ぐ入り口にある椅子に座った。どうやら警備をしている人だったようだ。

 ……でも、ナハティガル君がフォルモって呼んだよね。なんか聞いた事がある名前だなぁ。

 どこで聞いたのか。その答えがもう少しで出そうだったけれど、ナハティガル君が足を止めたのでナハティガル君の視線の方に目を向ける(眼鏡に目はないけれど)。そこにいたのは可愛らしい女の子だった。

 肩に届くくらいの茶髪はさらさらで、カチューシャの様に黒いリボンを巻いている。青い目は垂れ目で穏やかな女の子という印象が大きい。着ているのは白いワンピースだけれど、腰にもリボンを巻いている。小柄な体格から10代中盤くらいに見える。ジャンルを決めるとすれば、妹系。

 彼女はナハティガル君に目を向けると慌てて立ち上がった。


「あなたが、村への滞在希望者ですか」

「はい。本当はプレニルへ行くつもりだったのですが、資金源が心もとないので、よければ簡単な仕事だけでもできたら嬉しいんですが」

「ノヴィルの方、という事でいいのでしょうか。あと、お名前を聞いてもいいでしょうか」

「育ちはノヴィルです。アンと呼んでください」


 そう笑顔で言った彼女はふと私に目を向けていた。

 ……眼鏡が珍しいのかもしれない。でも、珍しい物を見る目というよりは懐かしんでいるようにも見える。

 おっと、そんなことより仕事しないと。

 私は早速スキル:開示を発動した。彼女のステータスが表示され、私も、そしてナハティガル君もその内容に驚き固まった。

 彼女の名前はアンブラ。15歳の暗殺者。

 その職業に驚いたし、その名前はファタリテートの主人公の名前だ。

 そして、彼女の性別は男だった。

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