2
目的地手前に到着した俺は、乱れた呼吸と制服を整え、【2-A】と扉上方に伸びている教室の表札を確認した。夏期講習が行われる教室はここだ。
2、3度深呼吸をして、俺は扉を開ける。
教室内には教材を準備している教師の姿と気怠そうに席に着いている数人の生徒の姿があった。
扉に一番近い席に座っている、女子生徒は自身のスマホから顔を反らし、入室してきた俺の姿を一瞥した。他人の視線というのは心臓に悪い。
動悸を感じた俺は平静を装い、窓際の席へ向かう。
室内は空調が効いていた。汗が滲む額を冷気が愛撫する。その感覚がとても心地良かった。
涼みながら講習を受ける準備をしていた俺に数学科の教師、岩崎が近寄ってくる。
「こんにちは、和泉くん。体調は大丈夫そうですか?」
夏にぴったりの爽やかな笑顔を携えた彼は、家庭の事情で学校を休んでいた俺に連絡をくれた。
聞くと欠席していた分の授業の単位を夏休みの講習で補填するという旨の話だった。
夏休みに登校するのは気が引けたが、単位の補填ともう一つの邪な思惑を抱いてしまった俺は岩崎の誘いに応じた。
「はい、元気です。ありがとうございます」
俺は会釈を交え、返事をする。
すると岩崎は満足そうに良かったと呟きながら教壇へと歩き出した。
それからは黒板に書かれた、沢山の数字とノートと窓越しの青空を目で行ったり来たりする時間を過ごした。
長時間椅子に座って、物事に集中する感覚が久しかった為、想定より大分疲れてしまった。
帰宅の準備をする俺に、岩崎は再び声をかける。
「あぁ、和泉君。少しだけ待ってくれないか、頼みたいことがあるんだ」
彼の頼みを断る理由が無かった俺は、岩崎の後片付けが終わるまで座って待っていた。
片付けを終えた岩崎はすまないと節々に言いながら、抱えていた荷物の中から茶封筒に包まれた原稿用紙大の紙の束を取り出す。
それを俺の前に差し出し、「これをとある生徒の下まで届けて欲しい」と告げた。
「え?」と俺は真意を聞こうと相槌を打つ。
「今の時間、三年生の教室にいるかもしれない。水嶋なぎという生徒にこれを持っていってほしいんだ。僕はこれから作業があってね、君に頼みたいんだけど、いいかな?」
岩崎は左手首に装着している腕時計を見ながら、先程とは打って変わって飄々とした物言いで話を続ける。
「──わかりました。届ければ良いんですね」
俺は善意と不純が入り混じる動機を胸に岩崎の頼みを引き受けた。
すると岩崎はありがとうと一言だけ残し、足早に教室を去っていった。
空調が止められた無人の教室に一人、残された俺は1階上の三年生の教室へと歩を進める。携帯で時刻を確認すると、講習が始まってからすでに二時間あまりが経過していた。
真上から人間を照らしていた太陽も徐々に傾き、斜めの角度から青春の形を地面に投影する。どこからか聞こえてくる吹奏楽部の管楽器の音色が情景をより色濃いものへと演出していた。
抱えた紙の束がよれてしまわないよう、丁寧に持ち運んでいる自分がいる。それは他人の持ち物、頼まれた物だから当たり前なのだろうが、きっとそれだけじゃなかった。
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