第42話 聖夜の街へ出発!
それから数日が経ち、ついに聖樹祭の前日になった。
着替えや必要なものが入った鞄を、庭でスタンバイしていたドラコの背に乗せ、見送りに来てくれたアデルと向き合う。
「じゃあ、気をつけて行ってくるんだぞ」
「うん。お土産、買えたら買ってくるからね」
「ああ。だが、そのために無理はするなよ。楽しんでくるといい」
「うん、ありがとう」
私は今回、
お土産を買うためということもあるが、今後通貨を得る手段を模索するための試みでもある。
大きな魔物体になったドラコの胴体には、食材を詰めたキッチンカーと繋がったベルトが、すでにしっかりと括り付けられている。
実際にはドラコがキッチンカーを両手で抱えて空を飛ぶ予定なのだが、うっかり落としたりしないように、ベルトで固定してあるのだ。
……まあ、キッチンカーとは言ったが、キャスターと棚が付いた手作りの木製ワゴンである。理想とするキッチンカーにはまだ程遠い。
人間の世界でキッチンカーの営業をするのなら、可愛く塗装したり、メニューを書いた板を用意するなど、飾り付けもゆっくり考えたいものだ。
「ドラコ、頼んだぞ」
「任せるですー! 泥舟に乗った気持ちで……」
「……ずっと言おうと思ってたんだが、それを言うなら大舟だ」
「なっ、なんですとー!?」
アデルのその言葉に、ドラコはちょっぴりのけぞった。
今は巨大な魔物体になっているので、ちょっと驚いただけでぶわりと風が巻き起こる。
「ふふ。じゃあ、行ってきます」
「行ってくるですー!」
「行ってらっしゃい」
アデルと、視線が重なり合う。
寂しさを瞳の奥に隠したまま、彼は柔らかく微笑んだ。
短くハグをした後に、アデルの助けを借りてドラコの背に乗る。
自分の体がベルトでしっかり固定されていることを確認すると、私とドラコと簡易キッチンカーは、
*
空の旅は、快適だった。
天気もいいし、寒さ対策でばっちり着込んできているし、ドラコも私を気遣ってゆっくり飛んでくれている。
もっと速くても大丈夫そうに思えるのだが、これ以上速度を上げると、ドラコが張ってくれている風圧を減衰するバリアの効果が薄くなってしまうらしい。
「ドラコ、荷物いっぱいだけど、重くない?」
「全然平気ですー! ドラコは力持ちなのですー!」
「ふふ、ありがとう、ドラコ」
「この調子なら、予定通り夕方には
何度か休憩をはさんでいるが、天候にも恵まれ、旅路は順調そのものである。
ドラコだけだったらもっと早く到着していたかもしれないが、たった半日で聖王国の北部まで行けるのだから、本当にすごいことだ。
「まずは、ライとフウのおうちに向かうですー。どっちみち、この姿でいきなり街に近づいたら驚かれちゃうですからね」
「そうよね」
今のドラコは、魔物の
確かに、このまま人里に降りたら、人々を驚かせてしまうだろう。
「それから、ドワーフのノルのお店へ向かうです。電気の魔法道具を売っている店に案内してもらうですよ」
「うん。その後は、キッチンカーの出店許可を取りに町長さんのところへ行きましょう」
「了解ですー!」
聖樹祭は明日だが、ライからは、一晩家に泊まっても良いと言ってもらっている。
ドラコなんて、「ライといっぱい遊ぶですー!」と、張り切って色々用意していた。
興奮して寝つきが悪いようだったが、昼寝もせずにここまでよく頑張ってくれている。
そうこうしている間に、私とドラコはあっという間に
ドラコが降り立ったのは、
雪に覆われた急斜面と深い渓谷に阻まれて、人の足では到底、頂上に辿り着くことができそうにない。
「本当に雪深い山ね。歩きじゃ絶対に来られなかったわ」
「この雷雪山は、『頂を閉ざされし山』という別名で呼ばれているらしいですー。ライの話では、自力でここまで登ってきた人間は、今まで一人もいなかったみたいですよ」
「そうでしょうね。でも、これ、すごく――」
ドラコの背から荷物を下ろし終わった私は、改めて目の前に広がる光景を見て、ほう、とため息をついた。
「頂上からの景色、とっても綺麗でしょ?」
「ええ。本当に素敵な景色……!」
前人未到の頂から望む景色は、一日中ドラコの背に乗って空を旅してきた私から見ても、今日一番の絶景だった。
夕日が雪を照らし、山も、街も、道も、すべて一面オレンジ色に染まっている。
ミニチュアみたいな街の中央に、ひときわ輝く大きな光は、聖樹に宿る精霊の灯だろうか。
「――アデルにも見せたかったな」
「仕方ないのです。アデルには使命があるですから」
私がぽつりとこぼした言葉に、ドラコも残念そうに返答をする。
けれど――。
「……ねえ、ドラコ。本当に、仕方ないのかな。アデルは、どうしても森を離れられないのかな」
「え? 当たり前ですー。だって、アデルが森を離れたら、精霊の樹と恵みの森を、誰が守るですか?」
「でも……、アデルは……」
どうしてアデル一人だけが、孤独な思いをしなくてはならなかったのか。
人と精霊は――人と人は、違っていたとしても手を取り合うことができるはずなのに、どうして争わなくてはならなかったのか。
「それよりレティ。ライたちが待ってるですよ。行かなきゃいけない所もあるですし、そろそろ」
「――そう、だね」
このまま夕焼けを見ていては、どんどん感傷的になってしまいそうだ。
私は一旦思考を中断して、ライとフウ、そして雷精トールの住む家の扉をノックしたのだった。
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