第41話 聖樹祭への招待状
突然の来客の知らせに、アデルは玄関まで出て行った。
私は、簡単な掃除と新しいお茶の用意をしながら、来客を待つ。
ややあって、リビングの扉をくぐって入って来たのは、見たことのない少女だった。
「ちわー」
少女は、片手をあげて、軽いあいさつをした。
雪のように真っ白な髪と、銀色の瞳。
厚手のコートとニット帽、ポンポンのついたムートンブーツを着用している。
年齢は、人間だったら十歳を少し過ぎたぐらいだろうか。
だが、彼女の周りに大きな雪の結晶がふわふわと漂っているところを見ると、どうやら人間ではなさそうである。
「こんにちは。いらっしゃい」
「お姉さんがレティ? あたしは、フウだよー」
「フウ? フウちゃんって、どこかで……」
最近その名前を聞いたような、と首を傾げていると、アデルが補足してくれた。
「彼女は、ライの双子の姉だ」
「ああ! ライくんの……双子?」
ライと双子にしては、随分見た目年齢が違う。
彼は五歳児ぐらいの姿だったし、話し方もフウより幼い感じがした。
精霊だから、成長の仕方なども人とは違うのだろう。
「こないだは、あたしとライのせいで、迷惑かけちゃったみたいで、ごめんねー」
「いいえ。ライくんとは、その後、仲良くしてる?」
「もっちろーん。だって、喧嘩するとパパが怒るんだもん」
フウとライの父親は、戦神とも呼ばれる雷の高位精霊だ。
文字通り、怒ったら雷が落ちるかもしれない。
「あのね、ライから手紙預かってんの。あたし、アエーラス様に用事があって近くまで来たから、ついでに持ってきた」
「アエーラス様?」
「ああ、六大精霊の一柱、風の精霊のことだ。この森に接する
「……風の精霊様……」
風の精霊といえば……風の加護を受けていた人を、私は知っている。彼は今頃どうしているだろう。
うまく力を隠して生活できているだろうか。それとも……。
「……レティ?」
「あ、ううん、なんでもない」
風の力を持つ彼は、私と違って、空を翔けてどこへでも行ける。
心配しなくても、彼ならきっと一人でも大丈夫だろう。
「それより、ライくんからのお手紙って?」
「あー、それな」
フウは、コートのポケットから小さな封筒を取り出す。
封筒は緑色で、赤いリボンがかけられていた。
「これこれ。『
「聖樹祭?」
私は、フウの言葉を繰り返す。それに反応したのはドラコだった。
「聖樹祭、知ってるですー! 聖樹祭といえば、とっても大きなお祭りで、楽しくって、飾り付けもすんごく綺麗なのだそうですよ。ライについて行った時、街の人たちがみーんな楽しみにしている様子だったです」
「そーそー。聖樹祭の日には、街の真ん中にあるでっかい樹に、光の精霊様が降りてくんの。それをみんなでお迎えする祭りってワケ」
「光の精霊……その聖樹というのは、もしや世界樹の一種なのか?」
アデルが、驚いたように尋ねる。
「んーん、違うよ。ただの古いモミの樹なんだけど、人間たちが祈りや願いをたくさん込め続けているうちに、特別な樹になったっぽい」
「ほう……人の祈りが、樹に力を宿したのか」
「ん。あの街もそうだけど、聖王国は、精霊と人間の距離が近いからねー。そういうことも起こるんだよ」
聖王国――精霊と人間が、良い関係で共存している国。
なんて素晴らしいところなんだろう。私がいたところとは大違いだ。
聖王国では、人々は、妖精たちは、一体どうやって暮らしているのか。
そういえば、ドラコも街の人たちと話をしたようなことを言っていたし、ドワーフのノルだって普通にお店を出したり、知り合いの職人がいたりするようだった。
もし、本当にそうなら。
「……見てみたいなあ」
妖精や精霊と共存する街。
そこでなら、私のこの力も、きっと受け入れられるだろう。
「招待状があれば、聖樹広場に入れるよ。行ってみりゃいいじゃん」
「え?」
気づけば、私に視線が集まっている。
これは……やらかしてしまっただろうか。
「……もしかして口に出てた?」
「うん、口にも顔にもがっつり出てたし。ライも三人に会いたいっつってたから、行ったら喜ぶと思うな」
「……でも」
私は、そっとアデルの顔を窺う。
そこには、想像した通りの渋面があった。
「……やっぱり、私は」
「レティ。行ってきても構わないぞ」
「え……?」
アデルは、一度目を閉じて息をつくと、ゆっくりと目を開けた。
その瞳にはほんの少しの寂しさを宿しているものの、穏やかな表情で、落ち着いた声で、彼は話し始める。
「前回は、猛吹雪のこともあったし、フウや雷精トールがどういう精霊なのかも知らなかった。身を守る術を持たないレティを行かせるのは、危険だと思ったんだ。――危険かもしれないところに送り出して、君を失ったりしたら……」
私は、あの時のことを思い出す。
揺らめく炎に照らされた、アデルの表情を。
切なそうな、苦しそうな――強い痛みと自己嫌悪を宿した、その瞳を。
「だが、今回はそのような危険はないだろう。光の精霊の力が満ちる日に、悪いことが起きるとは思えないしな」
「そうそう。そんな日に悪巧みや悪戯をしようとする精霊も妖精も、いないよ。光の精霊様に悪い子認定されてお仕置き部屋に連れてかれたら、たまんないしね」
「お、お仕置き部屋って何です?」
フウは肩をすくめてそう言い、ドラコがすかさず質問する。
「あー、なんかね、光の精霊様の住処に連れてかれて、こき使われるらしいよ。噂では、お仕置き部屋は何かの工場になってて、黙々と作業させられるんだって。で、ノルマが終わるまで帰してもらえないんだってさ」
「へ、へええ。悪い子認定って、つまみ食いとかは……い、いや、大丈夫ですよね?」
「……つまみ食い?」
「なっ、なんでもないですー!」
ドラコは翼をパタパタしながら、空中で何かを考えたり頭を抱えたり頷いたり、せわしなくしていた。
時々食材が減っていることがあったが、ドラコがつまみ食いしていたのか。まあ、減っているといっても、気にならない程度の可愛らしい量なので問題ないのだが。
「まあ、つまみ食い妖精は置いといて――」
「へっ! 変なあだ名をつけないでくださいー!」
「――とにかく、聖樹祭前後の
「そういうことだ」
ジタバタしているドラコを尻目に、フウは話を進めていく。アデルは、私を安心させるように微笑むと、ひとつ頷いた。
「アデル……本当にいいの?」
「ああ。そもそも、レティは一人の自立した大人だ。俺の所有物なんかじゃないし、庇護されるだけに留まらない、強く賢いひとだ。最初から、俺にレティを縛る権利などない」
そうは言っても、アデルは、不安だろう。
けれど、彼は、その不安を心のうちに呑み込んで――優しく、穏やかに、笑った。
「それに――レティは、必ず帰ってきてくれるだろう?」
「もちろんだよ。ここが私の帰る場所だから」
私は、にこっと笑うと、アデルにぎゅっと抱きついた。
アデルの気遣いが、信頼が――彼の愛情のかたちが嬉しくて、涙がじわりと滲んでくる。
「信じてくれてありがとう、アデル」
「……ああ」
嬉し泣きの顔を見られないように、アデルの胸に自分の額を押し付けるが、感謝を告げる声は、少しだけ震えてしまっていた。
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