第11話 白き月明かりの下で



「……ふっ」


 私とドラコが爆笑しているのを見て、アデルは口角を上げ、小さく吹き出した。


「あっ! アデル、今、笑ったです!」


「本当だ! アデルさん、笑うと可愛い」


「か、可愛い? 俺が?」


「にししっ、アデル、可愛いですー! ひー、ひー、にしししし」


「ドラコは笑いすぎだろう……」


 ドラコはよっぽど楽しいのか、空中に浮かんでお腹を抱え、足をバタつかせていた。その目は笑いすぎて潤んでいる。


「ふふ、アデルさんの笑顔、想像してたよりずっと素敵。好きかも」


 柔らかく弧を描く口元。少し下がった目尻。白い肌に、ほんのりと差す朱。

 氷で作ったアデルの笑顔と違って、そこには確かな温度がある。


「すっ……」


 アデルは、息を呑んで固まってしまった。

 じわじわと、頬に差す朱が色味を増していく。

 ――あれ? 何か変なことを言っただろうか?


「す、好き?」


「うん、アデルさんの笑顔、好きですよ」


「そ……そうか」


 彼はそれきり、真っ赤になって黙ってしまった。


 アデルのコロコロ変わる表情と、ドラコの嬉しそうな態度を見て、私はあたたかい気持ちになる。

 助けてもらったご恩が、これで少しは返せただろうか。


 私は改めて二人にお礼を言おうと、姿勢を正した。


「こうやってみんなで食卓を囲んで、笑いあって……久しぶりに、とっても楽しい時間でした。全部お二人のおかげです。――アデルさん、ドラコ、本当にありがとうございます」


「レティ……。礼を言うのはこちらだ。君と出会えて良かった――ありがとう」


「ドラコも、レティと会えて良かったのです。レティのおかげで、アデルが笑うところを見れたのです」


「アデルさん……ドラコ……」


 私は、二人のあたたかい言葉に感極まって、涙が出そうになる。


「レティ……君に聞きたいこと、いや、頼みたいことがある。食事の後、少し時間を貰えるか?」


「ええ、もちろん」


 食事はその後も和やかに進み、フルーツを冷やす用に出した氷をドラコが食べてキーンとしたりして、また笑った。

 後片付けをドラコに頼むと、どこからか小さい毛玉のような妖精たちをたくさん連れてきて、食器洗いを手伝わせていた。

 ちっちゃな手をにょきっと出し、数匹がかりで一つの食器をゴシゴシしている毛玉もふもふたちは、ムクロジの樹に住むアワダマという妖精らしい。


 私とアデルはダイニングを後にし、廊下を進んで玄関から外に出た。

 アデルに支えられながら、玄関扉のすぐ横にあるベンチに腰を下ろす。


 疑っていたわけではないが、聞いていた通り、この家はやはり森の中にあるようだ。四方を背の高い樹々に囲まれている。夜の森は、真っ暗でよく見えない。

 家の周りは少しだけ開けており、白い月明かりが、隣に座るアデルの横顔をさやかに照らしていた。


 二人きりの、静かな時間が過ぎていく。

 アデルも、私も、何も話さない。

 けれど、不思議と居心地は悪くなかった。


「……レティ。君は、俺が怖くはないのか?」


 どこか中空を見つめたまま、ふいに、アデルが呟く。

 その紅い瞳は、どこか不安げに揺れていて――胸がうずくような、不思議な感覚が湧いてくる。


「――アデルさんは、噂で聞いていたよりずっと優しくて繊細な人です。あなたは、どこの誰ともわからない私の命を、救ってくれた。何も聞かずに私をここに置いてくれて、気遣ってくれた。怖いはずがありません」


「……そうか」


「アデルさん……あなたに出会えて、良かった。母が亡くなってから、初めて心安らぐ時を過ごせました」


「レティ」


 アデルは、おもむろに立ち上がると、私の正面に立つ。

 そして――真剣な表情でゆっくりと膝を折り、ひざまずいた。


「な、何を……?」


「レティ――君さえ良ければ、これからずっと、この森で暮らさないか?」


「――――え?」


「会ったばかりだというのに突然こんなことを言って、君は驚き戸惑うだろう。だが、俺は本気だ。君に、ここにいてもらいたい。そばにいてもらいたいんだ。どうか……俺と共に過ごす未来を、考えてみてくれないか」


「…………!」


 まるで、プロポーズのように。

 白い月明かりに照らされた美しいひとは、私の手を取る。


 物語の騎士様のようにひざまずき、真っ直ぐに私を見つめている、煌めく紅。

 目と目が合った瞬間――ずっとざわめいていた私の心は、驚くほど静かになった。


 私の居場所は、ここにあったんだ。

 一人で森を出て、不安を抱えながら知らない土地で過ごさなくても、いいんだ。


 レストランを開く夢は――それは、もう、仕方がない。

 それよりも、今は、目の前で真っ直ぐに私を見つめるこのひとに、美味しいご飯を作ってあげたい。ずっと、笑顔でいてもらいたい。


 ――それは命の恩人だから? いや、それだけではない。

 そう、世界でたった一人だけ、彼だけが、私の存在価値を認めてくれている――ここにいてもいいと、ここにいて欲しいんだと、そう言ってくれるから。


 出会ってからの期間は短いけれど、彼が嘘をつけない人間だというのも、分かっている。

 もし仮にいつわりだとしても、森の外に私の生きる場所はない。これは理にかなった選択でもあるんだ。

 でも、そんな理屈がなくても、私の心はとっくに――そう、彼が私の頭を優しく撫でてくれたあの時から、アデルのもとにある。


「アデルさん。私……あなたと、過ごしたい。あなたに命を救われた時から――私の未来は全部あなたのものです」


「レティ……!」


 アデルの顔が、ぱあっと華やぐ。

 幸せそうに微笑む彼の顔を見て、私の口元も綻んだ。

 ざわめいていた心が、不安が、白い夜に溶けていく。


「ありがとう、ありがとう……!」


 アデルは、私の手をきゅっと握り、頭を下げる。

 そして、何度も、何度も、私にありがとうを繰り返したのだった。




 🍳🍳🍳


 【恵みの森の野菜🧅】Completed!!


  ▷▶︎ Next 【妖精たちのティーパーティー☕️】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る