第18話 見えない鐘

 次の日、ハルキとニッタはいつも通り朝食を食べ終えるとすぐに宿を出た。


「霧がすごいっすねえ。今日も船は出ないかもっすねえ」

「ん? お前、どこに行くつもりなの?」

 とハルキが尋ねる。


「え? 帰るんですよね?」

 とニッタが驚いたように言う。


「なに言ってんだ。時報塔に行くに決まってんだろ?」

「ええっ?! そうなんすか?」

 驚きと戸惑いを隠せない様子で言うと渋々魔導車を時報塔へと走らせる。


 ハルキは運転席のニッタの肩を軽く叩きながら、にやりと笑った。

「お前、昨日のことを忘れてんのか? あそこで見つけた情報が一番の手掛かりだろ。時報塔に行って探り出すんだよ」

 ニッタは初めは戸惑っていたが、すぐに納得したように頷いた。


 ▼ △ ▼ △ ▼ △


 しばらく車を走らせ、墓所の敷地内に入る。

 時報塔への侵入を阻むように霧はますます濃くなっていく。


 ハルキは時報塔の最上階を見上げながら深呼吸をしている。


「おしっ! んじゃあサクッと行くぞ!」

 元気よくニッタを呼んで階段を登っていく。


「あー、また面倒なことにならないといいんいいんすけどねえ」

 ニッタのつぶやきは聞き入れられないらしい。


 最上階の扉をゆっくりと開けると、そこには昨日と同じ格好をしたイッコが正面に立っていた。彼女の姿は、壁から差し込む朝日の光に照らされて、輝いて見える。両手を腰に当て、少し優雅な仕草で入ってきた二人を見つめて微笑んでいる。


「あら、おはようございます。やっぱり来たんですね。」

 イッコの言葉に微かな呆れが感じられるが、その微笑みは変わらない。


 彼女の目は少し遠くを見つめているようで、どこか深い思索に耽っているような表情だった。その瞬間、イッコの後ろから一人の男が飛び出すとイッコを守るように前に立ちはだかり、ニッタに対峙した。


 男はスキンヘッドで、肩には薄い筋肉が浮かび上がり、その体からは自信と警戒心がにじみ出ている。


「ホリさん、もういいよ。」

 ハルキが冷静な声で言うと、スキンヘッドの男はイッコの横に控え、少し抑えられた様子で言葉を返した。

 彼の表情には、まだ怒りと緊張が交錯しているように見える。


「ちっ、ハルキかよ。」

 その男の態度からは不満が感じられる。

 二人の間には何らかの歴史が存在し、それが彼らの関係性を影響しているのがわかる。


「んで? ここか?」

 ハルキが上を指さすと、イッコは短く頷き、ええと返事を返す。


 時報塔の鐘はすでに無く廃墟と化しており、天井が崩れ落ちた瓦礫が散乱し大きな空間が広がっている。


「あれっすかぁ。そっかあ、あれが鳴ってたのかあ。あれ? でもどうやって鳴ってたんすかねえ?」

 と、全く別の方向を見つめながら、ニッタが不思議そうにつぶやく。


「ん? なんて?」

「いや、あの鐘っすよ。そこに置いてあるのにどうやって鳴ったのかなぁ? って」

「どこだ?」

 ハルキは眉をひそめて問い詰めると、ニッタは慌てて部屋の隅を指さす。


「どうやらニッタ以外には見えてねえみたいだな。ニッタ、それ運べそうか?」

「どうっすかねえ? だけに」


「くだらないこと言ってんじゃないよ、どうなんだよ?!」

 少しイラついたような口調で叱咤する。


「デカいですもん、あれ。無理っすねえ」

「無理なのかよ」


「二人とも、いい加減、真面目にやってください」

 しびれを切らしイッコが厳しく注意すると、ホリは無言で目を細めて威圧してくる。


「わかったよ、やりゃあいんだろ、やりゃあ」

 ハルキは二人にそう答えると、ホリが深い赤いビロードの布をニッタに投げつける。

 意味がわからないニッタはビロードを両手に抱え、右往左往している。


「ニッタ、鐘にその布を掛けろ。慎重にな、慎重に!」

「あー、そういう」

 ハルキの指示を受けるとビロードを両手に広げ、先程指さした方に進みました。そして立ち止まり、まるで動物を捕まえる網を持ち上げるかのようにビロードを慎重に掛け始める。


「あっ!」

 ニッタが驚きの声を上げた次の瞬間、世界が暗闇に包まれ、赤い蜘蛛の巣のような光が広がり、美しさと不気味さが周囲に溢れていく。

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