黒衣の帝国魔導剣士と白の王国女騎士

黒衣の帝国魔導剣士と白の王国女騎士

「背中は任せたぞ!白麗の騎士。」

大量の魔物に囲まれ、絶体絶命の我ら。

黒衣の剣士が大声で叫ぶ。


「お主こそ足を引っ張るなよ!黒影!」

我は剣を振るいながら黒影と呼んでいる黒衣の剣士の動きに合わせる。


背後は無防備になりやすい。

黒影ヤツは我の背後を空けないようにステップを踏む。

我も黒影ヤツのステップに追従しながら、迫り来る魔物共と対峙していた。


「しばらく任せるぞ!」

黒影ヤツがそう叫ぶと、詠唱が始まった。


「ああ地獄の轟炎よ 我が下僕の者共よ 帰り来る地獄の深淵より 炎を操りたる我への恭順を示せ 何人たりとも容赦せぬ その炎を顕現せよ テルミットサークル!」


黒影ヤツが火系の高位魔術を魔物共の間に打ち込む。

巻き上がる炎と熱風。

魔物共の断末魔。

その威力に魔物共は怖気づく。

一瞬の間。


「今のうちだ!疾走るぞ白麗!」

「うむ。」


黒影が我の手を引き、斜め前方の魔物が手薄になっている所へ突っ込む。

独特の形、紋様のした剣で斬り伏せていく。

我もその後に続いた。


所詮、知恵の無い魔物共。

右往左往しながら混乱に陥り、やがて見えなくなる。

追手の気配に注意しながら、我ら2人は山の麓を歩いていた。


「まさか、こんな事態になるとはな…」

我は自嘲するように笑う。

我が王国に隣接する帝国との戦の最中に、大量の魔物が流れこんで来たのだ。

双方入り乱れての乱戦だったため、対処が遅れ、気づけば黒影ヤツと我の2人。

恐らく全滅の憂き目にあったのだろう。


黒影ヤツは帝国側の兵であり、我の敵であった。

敵同士がこうやって共闘をして落ち延びている…滑稽ではないか。


「休める所があればいいんだが…」

黒影ヤツが辺りを見回しながら、呟く。

お互いに身体はぼろぼろ。

確かに休める場所は欲しかった。


黒影ヤツが腰に差していた短剣を抜いて上着の手元を裂く。

「ちょっと止まれ。」

黒影ヤツはそう言うと、私の足元に跪いた。


「…なんだ?」

「足、ケガしてるだろ。」

見れば右足のふとももからべったりと血が出ている。

夢中で駆け抜けたからか、全く気付いていなかった。


黒影ヤツが腰に帯びている薬箱から小瓶を取り出す。

「少し沁みるかもだが…」

「…っ!」

「さすが、白麗。声1つあげないな。」

「…愚弄するか?」

「いや、感心したのさ。」

黒影ヤツは切り取った布で我の足を巻いて立ち上がる。


「さ、こんなところに長居してたら、魔物の餌食になる。さっさと行こう。」

「ああ。」


我は王国軍西征第2大隊所属のマリア=ルージュハート。

第3歩兵部隊の小隊長をしていた。

王国の名門ルージュハート家の次女として生まれた私は、部門の習いとして騎士団に入り、諸々の戦功を挙げて今に至る。


「しかし、ここはどの辺なんだ?白麗、分かるか?」

「恐らくは王国の北にあるテーライ山地のどこかだとは思うんだが…」

「じゃ、俺には分かんないな…ともかく山の方に向かってみよう。来れるか?白麗。」


黒影ヤツは我に手を伸ばして引こうとした。

「…愚弄するか?」

「それだけ憎まれ口を叩ければ大丈夫だ。さ、行くぞ!」

そう言って、我らは山を登っていった。


「あれ、どうだ。」

黒影ヤツの視線の先には小さな洞窟。

「あの大きさなら、居ても小動物くらいしか居ないと思うんだがな。」

「ああ。」

我は少し意識が薄れていた。出血が思ったより酷かったのだろう。

「…急がねば。」


黒影ヤツはそう言うと、洞窟の入り口で聞き耳を立てる。

「…それで何か分かるのか?」

「いや、何らかの気配くらいはな。」

剣技や魔術もさるものながら、達人の域に達しているかのような振る舞い。

我が感心していると、黒影ヤツは魔術を唱え始めた。


「湧き上がる突風よ 踊り狂う者共よ 数多の虚空を彷徨う空より 炎を操りたる我への恭順を示せ  我が眷属たる炎と共に顕現せよ フレイムウインド!」


魔術が完成し、炎を伴った熱風がその洞窟に殺到する。

指向性を持たせた火魔術。

恐るべき魔術の遣い手である。

恐らく魔術合成をして、指向性を持たせたのであろう。

名だたる将であることを確信した。


しばらくして、

「ちっと待ってな。」

黒影ヤツが我を制止して、また何らかの魔術を唱え始める。


「風の踊り子、空を駆ける者共よ 天空より 主が息子たる我への恭順を示せ  我が目の前に顕現せよ パーシャルウインド!」


再び魔術が具現化する。

「…今のは?」

「燃え盛る炎のせいで、洞窟の中は窒息してしまう状態だからな。新しい空気を送り込んだんだ。」

そう言うと黒影ヤツはにこりと笑った。

昨日まで敵として戦っていた敵国の人間とは思えない笑顔。


「さて、ちょっくら行ってきますかね。」

「…私も行く。」

「そこで待ってて欲しい。何、すぐ済む。」

そう言って、洞窟の入り口に屈んで入っていく。

我は入り口の前に立って、辺りに気を配っていた。


20分ほど、経っただろうか。

「…大丈夫だ。入ってこれるか?」

背後から声。

洞窟の中から、黒影ヤツが手招きしている。

我は洞窟に入って、黒影ヤツの後ろをついていく。

入り口は狭かったが中はそうでもなかった。


「穴ウサギの巣だったみたいだな。」

黒影ヤツが指差した方向を見ると、小動物が焦げたような物体が目に飛び込む。

「薄暗いが足元、大丈夫か?」

「うむ…大丈夫だ。」

何体もの焦げた物体が目に入ってくるが、それ以外に気になるような物は無い。

「奥に、水が湧き出るところもあった。これなら数日は過ごせそうだ。」

「…水?毒は無いのか?」

「穴ウサギも飲んでいたみたいだったからな。まぁ水が無ければ俺らは3日も保つまいよ。」

「背に腹は変えられぬか…」


「ああ。この辺りが良さそうだ。白麗、その胸鎧ブレストを脱げ。」

「…我を襲うつもりか?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。ほら、左脇腹もケガしてるんだろ?」

よく見ている。

我は胸鎧ブレストの前留めを外し、留め金具を取って胸鎧ブレストを外した。

中は胸当て代わりの皮鎧。


「見せろ。」

黒影ヤツが皮鎧の下、薄手の木綿服を捲り上げる。

「結構なケガしてるんじゃねぇか…」

「深手だとは思わなかったが?」

「沁みるぜ。耐えろよ?」


黒影ヤツがさっきの小瓶を再び取り出し、我の傷に塗る。

「ぐっ……っつ!」

沁みる、なんてものじゃない。

痛みと共に熱さを感じる。

額には汗。

黒影ヤツが取り出した小布で拭ってくれた。


やがて、痛みが引き、心地良い風が来る。

「…無詠唱の魔術?」

「ああ、そうだ。よく分かったな。」

こんな洞窟に風など吹く訳がなかろう。

我を思って行動している。

さぞや部下思いの将だったに違いない。


「少し寝るといい。」

黒影ヤツはそう言って立ち上がる。

「お主は?」

「…俺は周辺をちょっと見てくる。何、すぐ戻る。」

「ああ。無理はしないでくれ。」

「そんなことしやしないさ。」

黒影ヤツは洞窟入口前で立ち止まる。


「無影の門よ 全てを護りたる闇の門よ 永遠とわの時より その姿を示せ 我が地を護る 礎となり顕現せよ ダーク・モール!」


「じゃ、行ってくる。」

「先ほどのは?」

「結界だ。何者であろうと入ることは出来んから、ゆっくり休むと良い。」

「…済まない。」

「礼は不要だ。生きて帰れたらそん時にな。」


我はすぐ眠りに落ちた…と思う。

目覚めた時には、黒影ヤツが戻っていた。

「…無事だったか。」

「ああ、起きたか。よく眠れたか?」

「…ああ、お陰さまでな。」


黒影ヤツは我に背を向けて、入り口のところで何かを作業している。

辺りには香ばしい肉の焼ける匂い。

「食えるか?」

「…ああ。獲物を捕ってきたのか?」

「ああ。体力勝負になりそうだったんでな。」

「…高位魔術を連発した上に、剣技も十分。名だたる将とお見受けしたが…?」

「そんな立派なもんじゃない。部下を全滅させた愚将だ。」

「それは我もだ。名乗ってなかったな。王国軍騎士団マリア=ルージュハートだ。」

「…帝国騎士団団長アースラム=ヴァイスだ。」


黒髪に黒の双眸。

年は我より少し上だろう。

帝国の闇の大魔導士と呼ばれた男が目の前にいる。

「お主が…あの。」

「いや、そんな立派なもんじゃない。今居るのは部下を全滅の憂き目に晒した無能だよ。」


帝国の大魔導士にして騎士団団長。

噂には聞いていたがこんな若い男だとは思っていなかった。

1人で戦局をひっくり返すことが出来ると言われている魔導士にして剣士。

前線で出会えば、死が必ず訪れるという帝国の大将軍。


しかし目の前に居るのは、部下思いで傷ついた我を庇護する優しい男。

「よし、もういいだろ。これを食え。」

アースラムが焼けた肉を差し出す。

「食わねえと保たないからな。俺じゃこの辺りの地理が分からねえ。」

「ああ。済まない。」

「いや、だから、礼はいいって。生きて帰れたらエールの1杯でもおごってくれ。」

笑いながら肉を頬張るアースラム。

我も肉を口にした。


「結界は3日は保つんだが、白麗のケガ次第だな。」

「マリアだ。」

「マリアのケガ次第だな…今晩はちと痛むと思うぞ。」

「武門に生まれた騎士だ。痛みには慣れている。」

「ふふ。期待してるよ。」

「任せろ。」


洞窟に入ってその晩。

我は高熱と痛みでうめき声をあげる。

「大丈夫か?痛むか…熱があるな。」

「…大丈夫だ。」

「我慢強い姫さんだ。さっき取ってきたクズネだが、飲めるか?」

「…マリアだ…すまん…世話をかける。」

「少し待て。」


アースラムが短剣でクズネを細かく砕く。

それから、焚火のところで腰に下げていた小箱の中の小瓶に水を入れて湯を作る。

「まだ寝るな!これをなんとか飲め!」

意識が薄れていた我を叱咤する声。

だが、朦朧としている意識には届いてなかった。


「ちっ、姫さん、後で文句言うなよ?」

「…ま、り、あだ…」

「マリア、目を瞑れ。」

口に流し込まれるクズネの粉。

それから唇の感覚。

そして温かい湯が喉を通っていく。

「すまんかったな…さ、寝ろ。」

我はそのまま眠りに落ちていった。


翌朝。

嘘みたいに熱が下がっている。

痛みはまだあるが、耐えきれないほどではない。

目の前にはアースラムの背中が見えていた。


「…寝てないのか?」

「お、起きたか?いや、寝てるぜ?」

「番をしてたのか…済まない。我ばかりのうのうと休んで…」

「ケガしてるからな。今日もまだ動かない方がいい。」

「いや、大丈夫だ。ほら、この通り…」


身体を動かした途端、激痛が走る。

「まだダメだ。その傷なら2,3日は動けん。」

「くっ…」

「むしろその傷でよく動けたもんだと感心したよ、姫さん。」

「マリア、だ。」

「な、マリア。俺はここの地理が分からねえ。だからお前に無理されると俺も一緒にあの世行きだ。だから、ここは我慢してくれ。」

頭を下げるアースラム。


これが帝国の騎士団団長。

奢ることも威を張ることもしない。

まっすぐ生きること、生かせることを考えている。

ならば従う他ない。

この男ならば我を救ってくれるだろう。


「まだ寝ておけ。眠れなくても目は瞑ってろ。」

「お主は?」

「俺は食い物と薬を探してくる。」

「…無理はしないでくれ…」

アースラムは笑って言った。

「そんなことしやしないさ。」


「帰ったぞ。」

「ああ…無事だったか。」

「まぁこの辺りには魔物は居ないようだからな。」

「ふふ。少々の魔物であれば、お主に敵うものじゃなかろう?」

「そんなこと無いぜ。怖いヤツはいっぱいいる。」


そう言って、アースラムは焚火のところに陣取る。

「煙とか、遠くから発見されないか?」

「大丈夫だ。風魔術で散らしてる。」

見れば、煙は手元で大部分が霧散している。

「おかげで俺が燻されてるがな。」


「あはは。確かにそうだ。」

「お、元気になってきたか?笑うと美人さんだな、姫さん」

「マ、リ、ア、だ。」

「おお、すまん。マリア。よし、これを食え。」

アースラムが焼けた肉を持ってくる。

「すまんが贅沢は言うなよ?これでも獲物を捕るのに何度も失敗してるんだからな。」

「ふふ。帝国の無敵の大魔導士様でも狩りは苦手なのかい?」

「ああ、狩りも戦も苦手だよ。」

「王国には、死を振りまく恐ろしい死神と言い伝えられているがな。」

「冗談!こんな温厚な俺を捕まえて…」

「あはは。そうだな。」


体調が少し良くなったのだろう、我は笑う余裕が出来ていた。

これはアースラムのおかげだろう。

「ちと悪いが、少し寝てもいいか?」

「ああ、我は大丈夫だ。番をしてよう。」

「結界はまだ魔力が残っているから、万が一、魔物や山賊が現れても外には出るな。結界は誰も通さんから中に籠っていれば大丈夫だ。」

「分かった。」

「くれぐれも結界から外に出るなよ?」


そう言って洞窟の壁を背もたれにして、アースラムは眠った。

日が高い。

まだ昼ぐらいか?

身体は動くが、動かすと痛みが走る。

これでは恐らく脱出するのに足手まといになってしまうだろう。

そのまま火の番をしていた。


「ぐぅ…いってえな…」

「起きたのか?」

「ああ、よく寝たが、今は何時だ?」

「陽の高さから言えば3時、4時くらいか?」

「そうか…まだ時間には早いな。」

「何の時間だ?」

「苦手な狩りのだ。」


そこで我は吹き出してしまった。

「おいおい、そこまで笑うことないだろ?姫さん」

「マ!リ!ア!だ。何度言わせるんだ、このポンコツ大魔導士め。」

「ちょ、そこまで言うか?確かにポンコツは否定せんが…」

「そこを否定しろ!」


我らはそこで笑いあった。

敵同士ということはすっかり忘れて、お互いの身の上を話し始めた。

「マリアは幾つなんだ?」

「我は23だ。アースラムは?」

「俺は27だ。」

「その若さで帝国騎士団団長なのか…凄いな。」

「いや、まぁ…他人より魔力が多いのと、家で剣技を躾けられたからな。」

「ヴァイス家といえば、北方辺境の重鎮じゃないか?」

「…へー知ってんのか。母親の家だがな。」

「確か北方辺境伯を救って名を成したと聞いたことがあるが…」

「ま、俺には関係ないことだ。」

「ほう…奥方はどこの家の者だ?」

「奥方?誰の?」

「お主の。」

「いねーよ、そんなの。」

「は?帝国騎士団団長で名門出の貴族が未婚??」

「悪いかよ。」

「縁談は?」

「全部断ってた。」

「なぜに?」

「めんどくさくてなー…子供は欲しくないからな…」

「そうなのか?」

「ああ。お前はどうなんだ?姫さん」

「マー、リー、アー、だ。本当に物覚えが悪いな、変態騎士団長サマは。」

「ちょ?何もそこまで言わなくても!確かに変態は否定せんが…」

「だから、そこを否定しろ!」

「で、マリアの旦那は?」

「…居ないな。」

「すまねえ…ツラいこと聞いてしまったな。」

「いや、そもそも居ないな。」

「は?マリア、23だって言ってたよな?」

「だな。」

「名門ルージュハート家の次女さんだったよな。」

「確かな。」

「縁談は…」

「無いな。」

「いや、それは無いだろ?16,7には普通にあっただろ?」

「覚えがないな。」

「まさか…騎士団が楽しすぎて完全行き遅れて、そのまま『私は剣の道に生きる!』とか言って家を飛び出したとか…」

「見てたのか?」

「ぶほっ…正解かよ…」

「私の眼鏡に叶う男が居なかっただけだ。」

「ま、それだけ美人だったら、まだまだこれからだ。生きて帰れたらな。」

「お主は目が腐ったのか?それとも節穴なのか?」

「節穴…じゃないな。しっかりついている。」

「じゃ、腐ってるのか。」

「いやいやいや、姫さん、鏡見たことないのか?」

「魔、離、亜、だ!本当に叩き切るぞ、この腐りかけ童貞騎士団長が!」

「ちょ!扱いがとんでも無くなってるぞ?まぁ腐りかけってところは否定せんが…」

「童貞は否定するのか?」

「それは否定させろ!」


アースラムとの会話は本当に楽しいものだった。

憎むべき帝国の、敵の騎士団長。

その立場を忘れるほど。

献身的な介護とその人柄に、我はいつからか惹かれていたのだ。


「結婚はしないのか?」

「そうだな…子を成すのがちょっとな…」

「どうした?」

「母親を亡くしていてな。」

「そうか…」

「子供心に、どうして母親が居ないのか、他人と違うのか考えてしまってな…」

「だったら、成した子をあなたと母親で支えればいいのではないか?」

「母は…妖魔との戦いで命を落としてしまってな…戦がある限り、俺もそれから逃れられないかも知れないからな。」

「…だったら、隠居でもして、家庭を成せば良かろう?」

「そうだなぁ…隠居させてもらえるならなー」

「あなたくらいの実力者なら、造作も無いだろう?」

「あ、あとな…俺の父親が節操が無くてな…」

「ほう?」

「各地に女を作っては子を成すから、俺には兄弟だらけなんだよ!」

「貴族たるものの務めじゃないのか?」

「俺はそういうのはダメだ。自由に各地を飛び回るような生活が憧れなんだよ…」

「そうか…」

「姫さんも貴族の務め、しきたりってヤツから逃れたかったんだろ?」

「MA、RI、A、だ。そろそろいい加減にしてくれないか?もう言語が無いんだ。このシロートドーテージジィ騎士団長が!」

「いや、もう本当にツッコミどころが満載じゃないか…まぁジジィってところは否定しないが…」

「シロートドーテーは、否定できるのか?」

「…それは否定させてくれ…」


また大笑いする。

「さて…そろそろ狩りにでも行ってきましょうかね。」

「ああ。気をつけて行ってきてくれよ?」

「俺がウサギどもに負けるとでも?」

「ああ。無理はしないでくれ。」

「そんなことしやしないさ。って、ウサギに負けると思われてんのか、俺。」

「そんなことは思ってないぞ?シロートドーテーだと思ってるだけだ。」

「キビシー…」


そう言って、アースラムは狩りに出かけた。

しかし何だ、まさか30分ほどで帰ってくるなど、思ってもみなかった。

「どうした?まさかウサギに負けたのか?」

「どの口が言ってるんだ、見ろ、これ。」

「ウサギが3羽…どうしたんだ、これ。まさか小鬼ゴブリンどもから盗んできたのか??」

「いや、本気でそう思ってそうで怖い…狩りだよ。」

「凄いな…一生分の運を使い果たしたのではあるまいな?」

「いや…そうじゃないと信じたい。」


くだらない会話だったが、それが心地良かった。

もし、我が結婚していたら、こうやって2人で仲睦まじく暮らせたのだろうか、と妄想してしまうほどに。

アースラムはウサギを手早く解体して、火で焼く。

我はその後ろ姿をじっと見つめていた。


「ほら、焼けたぞ。」

「ありがとう…アースラム。」

「ど、どした?なんだ急にしおらしくなって…」

「いや、何だかな、迷惑ばかりかけている気がして…」

「いやいや、そんなことはないぞ?そもそも前にも言ったが、姫さんに死なれると俺も一貫のお終いだからな。」

「…………」

「な、なんだ、怒ったのか?すまん、謝る!」

「ちょっとこっち来い。」

「は、はい。すみませんでした。」

「殴らせろ。目を瞑れ。」

「は、はい。1発で勘弁してください…」

「それは私が決める。ここに座れ。目を閉じろ。」

「い、痛くしないでください…」


大人しく目の前に座るアースラム。

胸がきゅんとなった。


ちゅ


「ほへ?」

「なんだ?」

「あの、今の…」

「おい、何か喋ってみろ。今度は鉄拳でいくぞ?」

「黙ります…これ、お肉です…」

「うむ。アースラムも食べないと、今度こそウサギに負けてしまうかもだぞ?」

「わ、わかりました…」


あの帝国の黒衣の大魔導士。

味方から恐れられたあの帝国騎士団団長。


我は…

いや、私は恋に落ちた。


もし、この人と同じ場所で命尽きるなら、それも冥利だろう。


その晩。

アースラムは番をして、私の方を見ようとしない。

意識してるのか…

それは私もそうだ。

無言の静寂が続く。

私は皮鎧を脱いで、木綿服になった。

出会ってまだ間が無いが

それは関係なかった。

添い遂げたいという欲求。


私は勇気を振り絞った。

こんな勇気は初陣以来…いや初陣以上だった。

黒髪の大きな背中に声をかける。


「アースラム…」

「どうした?」

彼は背中を向けたまま。

「頼みがある。」

「なんだ?」

「左脇腹が痛む…診てくれないか?」


彼はやっと私の方を向いた。

高鳴る胸ときゅんと鷲掴みにされる心。

彼は心配そうな表情で私に近づく。

皮鎧を脱いでいたから、私の薄い胸の形に気付いたのだろう。

視線を伏せて傷を診ようとしている。

誠実で真面目な、頼れるひとだ。

生きて帰れてもこれ以上のひとは居まい。


また心臓が1つ高鳴った。

彼は私の木綿服を捲り上げて、傷を診ようとする。

そこで…

私は彼の頭を鷲掴みにした。

生まれて初めての深い接吻キス

舌の感触に驚いた彼は一瞬身を引いたが、力強く抱き締めてくれた。


舌が絡み合って、欲求が高まる。

息が止まりそうなくらい、激しい接吻キス

唇が離れたとき、2人は激しく息をついていた。

そして、止まらなかった。


「良かったのか?」

「何が?」

「初めてだったんだろう?」

「そうだな。」

「敵だぞ?俺。」

「関係ない。」

「生きて戻れるか分からないんだ…それに、戻ったとしても敵同士なんだぞ?」

「関係ない。」

「頑固だな…」

「ああ、よく言われる。」


私は横になっている彼の上に乗って、一言だけ言った。

「愛してる。」

「…俺もだ。愛してる。」



結界が切れる3日目まで

私たちは深く愛し合った。

まるで遠くに住んでる想い人に何年振りかで出会ったときのように。

何度も何度も私の中で彼は果て、

私は満たされた思いに包まれていた。

あの日のことは今でも覚えている。

忘れはしないだろう。


3日目。

私のケガはすっかりと良くなり、結界から出られそうな体調だった。

全て彼の献身のおかげだろう。

出る前にまた深く愛し合って彼の精を身に受けていた。

最後の深い接吻キス

誓い合った約束。

もし、生きて戻れたなら。

2人で自由に各地へ行こうと。

手を取り合って結界を出た。


「くっ…まさかこんなところまで…」

「いいか、無駄な魔力を消費させるなよ!生きて戻るんだからな!」


山を下りて麓を王国方面に向かっているとき、

南の大砂漠から恐るべき魔物共が迫ってきた。

「あれは…」

「まずい…戻るぞ!」

「蛇の大群…しかもあれだけ大きいのは…」

「ラムスビクだ。砂漠に住む亜種だろう…なんでこんなときに!」

「こっちに来る!」

「マリア!とにかく森林地帯まで戻ろう。あの図体なら、森林は抜けられないはずだ。」

「うん!」


私たちはあらん限りの力で走った。

それこそ力の限り全速力で。

しかし、間がどんどん詰まっていった。

そのとき、私は小さな岩の塊に足を取られ、躓いてしまった。


「逃げて!アースラム!」

「バカ!置いて行けるか!」

私の身を飲み込もうとするラムスビクを一刀で切り倒すアースラム。

私は急いで起き上がって、ラムスビクの大群を見据えた。

「…どうやら、これまでのようね…アースラム。」

「…諦めるな。まだ手はあるはずだ。」

「無理よ。背には絶壁。目の前はラムスビクの大群。逃れようが無いわ。」

「…まだだ。」

「…あなたと出会えて良かった、アースラム。女としての悦びをあなたと知って…」

「……」

「愛してるわ、アースラム。あなたの子を産みたかった…」

「待て、落ち着け、マリア。あそこを見ろ。」

視線の先には絶壁に開いた穴。

人1人通れるかどうかの小さい穴が開いているのが見える。

「あの穴じゃ、私が通れてもあなたは無理よ。」

「いいか、マリア。よく聞いてくれ。マリアはあの穴に入る。ラムスビクの図体じゃ、あの穴は通れない。穴に入って結界を張れば、あいつらの魔術は結界を通せない。」

「あなたは?あなたはどうするの??」

「俺はあの手薄なところを切り抜ける。」

「そんな、無理よ。あの大群を抜ける訳ない。」

「どっちみち、囮は必要だ。あの時みたいに魔術で怯んだところを切り抜ける。」

「ああ、ダメよ。お願い…一緒に死なせて。」

「愛してる、マリア。だから、言ってくれ。無事に帰ってこれるお前の言葉を…」

「愛してる。お願いだから無理はしないで…」

「そんなことしやしないさ。」


アースラムはそう言って微笑を浮かべた。

「一瞬、こらえてくれよ?」


「ああ地獄の轟炎よ 我が下僕の者共よ 帰り来る地獄の深淵より 炎を操りたる我への恭順を示せ 何人たりとも容赦せぬ その炎を顕現せよ テルミットサークル!」


それは、現代の言葉じゃなかった。

古代語で詠唱された火系の高位魔術。

薄ら赤い魔法陣がラムスビクの大群の中に出来たかと思うと、大爆発と熱風が巻き起こった。

「ほら行け!」

「愛してる!」

「俺もだ!」

「必ず会いに来てね!」


アースラムは爆心地より北側の絶壁に沿って疾走っていった。

私は穴に入って結界の魔術を完成させ、惑うラムスビクからうまく身を隠せたの。

ラムスビクは私に気付くことなく、何かを追って去っていった。

私は泣きながら、そこで半日を過ごして、こうして王国に帰ってきたの。


帰ってほどなくして、私は子供を授かったことに気付いた。

あの人の子…私は天にも昇る思いで生まれて来る子を待ち続けた。

それから行方不明になったアースラムを必死で捜したわ。

帝国に密偵を放ち、商人を買収して、それこそ必死に。


私のかわいい赤ちゃん…

やっとお父さんと会えるのよ。

あの人に早く会わせたいの。

そして親子3人でずっと仲良く暮らしたいの。

それが私の夢なのだから。


その日、マリア=ルージュハートは幼い我が子を連れて、帝国を目指した。

帝国の帝都近くにある大迷宮に向けて。
























 







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