第6回「晦の行く先 その②」

 荒寺の黒瓦が、月の光で白く照っている。


 万太郎は稽古でも終えたように汗を拭いながら、横たわる左之助を見下ろした。打ち負かしたとはいえ、その腕にはこの男の一撃を防いだ痺れが残っている。


「原田、だったか。なんでまた陰気な柘之進の子分なんかやってるんだ」


「別にツゲさんの子分ってわけじゃねえよ」


 左之助は自らが突かれた胸や腹のあたりをさすり、妙に満足した顔をする。負傷を収穫として喜んでいるのだ。根っからの武人らしい。


「いや、嘘をついた! 俺は子分だ! 情けねえ!」


「何なんだお前は……」


「浪人暮らしの苦労は、あんたにゃわからんよ。立派な御屋敷に住んで、いいもん食っていいもん着てよお。おまけにあんた、兄がいたろ。てえことは、次男坊だ。暇だってんで、毎日武芸に励めるんだろ」


「……」


「そんなお武家様にゃ、わからんよ。俺たち草莽の気持ちは」


 左之助はそういうと、寝返りを打って背を向けた。姿勢や拗ねる姿が、どこかの兄にそっくりだった。万太郎は懐から、わずかばかりの金の入った巾着を放った。金が落ちた音を聞いた左之助は、先ほどの姿勢が嘘のように目敏く視線を向けた。


「路銀にしろ。もうこの国には来るな。それと、腹が減ったなら、そこの河へいけ。鮎が採れる。槍の鍛錬にもなる」


「……え、なんで鮎釣りが槍の鍛錬に?」


「泳いでいる鮎を槍で仕留めるんだ」


「種田流は妙な鍛錬をするんだな」


「それと」


 巾着の中身を覗いていた左之助に、万太郎は言った。


「武家だって大変なんだぞ。色々」

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