番外編「谷家のご改革」

 谷でございます。


 旦那様の下に嫁いで二十余年。二人も男児を授かりました。その上で先日、さらにもう一人増えたことは、思いがけない幸福でございました。

 しかしながら、お恥ずかしい話台所のことは決して幸福とは言い難いのです。

 と言いますのも、山田様がご改革と称して藩士の減俸をお命じなさって、家計を預かる身としては大変難儀致しております。次男の万太郎などは孝行者でございますから、近ごろは河から鮎を釣って来てくれます。

「ありがとうね、お前は孝行息子だよ」と褒めると、難しい年ごろですから素直に喜ぶようなことはございません。


「そんな大層なものじゃないです」


「まあ、謙遜もほどほどにしておきなさいよ」


「修練で獲っただけですから」


 私は、武芸にはとんと疎いものでございますから、存じ上げないのですけれど、槍というのは修練で、魚を獲ったりするのでしょうか? 


 こんな様子で将来、嫁など貰ったときには苦労するんじゃないかしら。いや、次男も次男なりに苦労するとは思いますけど、お嫁さんの方がねえ。あの子の優しさに気づいてくれるような、出来たお嫁さんが待ち遠しく思います。

 長男の三十郎は、もう少し世渡り上手でございますから、他家の御屋敷から柚子や柿の苗を貰ってきます。この子は長男気質で、一度愛着が湧くととことん面倒を見たがる性質でございます。なので狭い庭へせっせと植えた日から、毎日自分で水をやり、大きくなれよ、と声をかけております。

 この間は、末っ子の千三郎を負ぶって、庭を歩いておりましたところ、苗木を指してしゃがみ込み、何やら話しておりました。


「見よ千、柿の木じゃ。今は小さいが、桃栗三年、柿八年と申してな、直に立派な木になって、うんと甘い柿を食わせてやるからな」


「そんな立派なこと、千にはまだわかりませんよ」


「茶化さんでください! 千、こっちは柚子の木じゃ。これも今は小さいが、いずれ実をつけ、柚餅子になるのだ。これを考えた方谷先生は、流石だなあ」


 なんでも山田様は、松山のいたるところで特産品を作ろうとされておられるそうでございます。山間には杉、檜、竹や漆を植えさせて、それで商いをするということだそうです。また山田様が百姓の生まれでございますから、農具にもお詳しく、新しく改良したものなどをあれこれ作っておられるそうです。

 そうした物たちは高瀬舟で河をくだり、海を渡って江戸で売られると聞いております。聞くところでは、中々の売れ行きだそうです。

 私も武家の女でございますから、こうした方々の政については色々と耳にすることがございます。

 山田様は伝統を軽視されておられるとか、百姓上がりの田舎っぺが何の役にたつのか、とか、名前は出しませんがそういう声も聞いたことがございます。

 しかし私は、我が家の息子たちの色々な顔を見ることができて、中々良い日々を送っております。


 それでは、そろそろ旦那様の髪を結わねばならぬので、失礼いたします。

 髪結も自分でせよ、というのが山田様のご改革でございます。


 谷でございました。

 またお会いいたしましょう。

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