番外編「谷家の冬」

 山から吹いてくる北風が、千三郎のぶるぶると震えさせました。


 千三郎は赤くなった指に、はあ、と息を吐きました。すると雲のように白くなって、ふんわりと空へ溶けてゆくのです。


「兄上」


 千三郎が呼ぶと、兄の万太郎が振り向きました。中庭で立派に素振りの稽古をしている真っ最中でした。


「この構えはなんですか」

 千三郎は柚子の枝を持って、それを頭上に構えました。

 まるでカマキリのようです。


「千、それは大上段だ。お前にはまだ早いぞ」


「この構えはなんですか」


 千三郎は今度は枝を姿勢正しく持って、じっと正面を向いて動きません。

 まるでカブトムシのようです。


「中段だ。基礎の基礎だぞ」


 兄上は、構えのことを何でもご存知です。

 千三郎は楽しくなりました。

 面白くなって「あの構えはなんですか」と、指差しました。

 屋敷の奥で三十郎が布団をかぶって、丸くなって、

 のそのそと、カタツムリのようになっています。


「…………冬構え、かなあ」


 三十郎がおおきなクシャミをしました。

 空を見上げると、雪がはらはら降っていました。

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