第4回「独りぼっち その③」
前々回ほどからよく出て来る「近習役」という役職。
早い話が藩主板倉勝静の護衛係、側近、お世話係である。
備中松山では藩の要職に就く者たちの大半がこの近習役を経験している。山田方谷、熊田恰、そして谷三治郎も同様。
「近習役というのは、凄いお役目なのですか?」
「俺はあんまし好きじゃねえ。殿をお傍でお守りできるというのは、誇らしかったけどよ」
泰平の世が続き、近習役も世襲職になっている。
谷家の旗奉行が戦の無い限り名ばかりの職であるように、こちらも今や藩の家柄の良い若者たちが未来の出世を待ちわびる巣と成り果てている。
そういう組織の若者たちというのは妙に陰湿で女々しく、いじめ気質であった。恰は三日で近習役が嫌になったという。
「ある真夜中、年上の近習に起こされた。二人組で俺を連れだしたと思ったら、俺の朋輩が寝ている部屋へ連れて行って『こいつの頭を蹴飛ばせ』と背中を押されたもんでよ」
「どうされたんですか」
「あの時は俺も若くってよお、悪い事をした……」
「……」
「年上のやつら両方しばき倒して、二月は動けなくしちまって……」
とにかく、嫌なガキ共の巣窟なのだ、と吐き捨てるように言う恰。千三郎は暗い箱の中で想像した。隻眼の恰が、その獣のようにギラギラした片目で藩主の隣に凄んでいる姿。
「……熊田様が近習役の間は、猫も近づかなかったんじゃないですか」
「お、何故わかる!」
とその時、鶴のように甲高く恰の名を叫んだ者があった。箱の中で感じる恰の足運びに動揺が見られる。拙い相手らしい。
「熊田恰―ッ! お前、今度は何をやらかすつもりじゃ! 城に火薬を持ち込むなど!」
「ご、ご家老、これはその、蔵へ運び入れるんでございます」
「蔵は反対方向じゃろうが! 没収!」
乱暴に恰から火薬箱を奪い取ったご家老だが、あまりの重さに箱を抱いたままひっくり返ってしまった。扉を開けると、八歳ほどの子どもが膝を抱えていたものだから、城中に鶴の絶叫が響くのも仕方がない。
「ご家老、どうされました!」
廊下を近習たちが走って来る。勿論、谷三十郎もいる。三十郎は走りながら、視線の先に恰らしき人物を見つけてしまった。
どう考えても恰殿が何かやらかしている。困ったお人だなあ。
と呑気に駆け寄った三十郎が、火薬箱に入った千三郎を見て顎を外したのはこれより数秒先のことだった。
「おお、三十郎。丁度いい、これ説明してくれ」
近習たちの疑う視線、ご家老の鋭い視線が一斉にこちらを向いた。
説明してくれ、ってこっちの台詞だわ糞恰! 城中をこれだけ騒がせておいて、その発端が自分の身内。これより先、近習たちはこれを口実に自分をいじめるに違いない。殿からも変な奴だと思われてしまう。
谷三十郎は、口を開いた。
「この子は……その、私の弟でござる」
ざわつく一同。それをどうにか収めて、三十郎は続ける。
「千三郎と申すこの弟、中々に勤勉であり幼いながらに忠孝の道理をよく理解しております。つきましては、将来は近習役として、少しでも殿と国のお役に立ちたいと日ごろから申しておりました為、この度お手数ながら熊田恰殿にご尽力いただき、こうして城内を見物させておった次第でございます。火薬箱に押し込めたるは、決していい感じの大きさの箱を適当に選んだに非ず。素性を隠して城内を勝手に見物するのであるから、これは子供には過ぎたる役目、即ち過役! それをお見抜きになったご家老の御慧眼、誠に感服仕りました! しかし此度のこと、せめて前もってご家老様には伝えるべきでありました、失礼つかまつりました! では、これにて!」
三十郎は千三郎と恰と、ついでに火薬箱を両脇に抱えて走り去った。
ポカンとする一同。
「あれは誰じゃ」
「ご家老様、谷三十郎と申しまして、新入りの近習です。父親が旗奉行と剣術指南役であったことを鼻にかけ、調子に乗っております」
父親の概要をきいて、ご家老はすぐに谷三治郎のことだとわかった。直心流の同門である。
「言訳するときにべらべらと捲し立てるところ、そっくりじゃな……」
子は親に似るのである。それも、妙なところが。
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