第2回「でんでん虫 その④」

 落雷のような轟音が鳴り響いたと思えば、一人の藩士があおむけに横たわっていた。


 彼一人ではない。城内の遣い手たちは一人の男に敗れ去り、皆情けなく互いの手当てなどしている。


 熊田恰は嫌な汗をかいている。よりにもよって方谷が視察に来たときに、こんな醜態をさらすことになるとは。片目で良かったと思う。両目でこの光景を目にしたら、発狂してしまったかもしれない。その方谷も、やはり神妙な面持ちである。


 相撲取りのようなどっしりとした体躯の男は、崖のような胸をそって「むわつはつはつはつ」と笑った。地の底から響くような、凄まじい笑い声である。


「さびなか、さびなか」


 どうやら長崎の訛りがあるようだ。面金の奥で、男の鷹のような目がキラキラと光っている。だが豪気に笑う一方で、この男はひどく退屈していた。槍術で聞こえた備中松山も、こんなものか。土地にも人にも、さほど魅力は感じない。それどころか、


「そんな急に他流試合と言われても、やったことないのに」


「また熊田殿の思い付きであろう、やれやれ……」


 家格のうぬぼれ。そして愚痴が多い。何たる腑抜けた国だ。

 酷く後悔していると、また一人面金をつけた若者がどこからとなくやってきた。稽古着の家紋は、上下対い蝶。顔は良く見えないが、松山の侍たちがざわついているから、さぞかし遣うのだろう。


「谷、お前戻って来たのか!」

「あれほどの怪我を負っていながら、まだ戦えるのか」

「大した奴だなあ」


 はて、すでに戦ったかのような口ぶりである。一々憶えていないが、先ほど倒した者ならば、大した遣い手ではないではないか。


 さて、面金をつけた谷万太郎。今、少しだけ兄を見直しつつある最中である。以前なら相手が強いと思えば、その場で逃げ出していたはずだ。だが今回は、兄なりに奮戦はしたようである。大きな一歩ではないか、と思っていた。熊田恰が「もう試合前に転んだりするなよ」と声をかけるまでは。

 ふいに、槍を持つ手がぴりりと震えた。視線の先には、男がいる。


 この男。

 後に訪れる幕末の動乱に活躍し、後世に名を残すこととなる。


 彼は新選組局長・近藤勇と知り合い、


「見ればわかる。お主中々の遣い手だな」


「……」


 桂小五郎と共に剣を学び、


「改めて名乗らせていただこう」


「……!」


 坂本龍馬の薩長同盟に貢献した、


「俺の名前は……」


 その男の名前は!


 その、男の、名前は!








 長くなるので、また次回! なのだ!

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