第24話 夏の町(8)

「この仔猫、どうしよう」


 おばあさんと子供と別れた後、仔猫を抱いたままのユメは困ったように呟いた。


「親猫は近くにいなさそうね。連れて帰りたいけど奥様に叱られてしまうわ。ねぇ虎児、どうしよう。……虎児?」


 虎児の反応が無いことに、ユメは不思議そうに首を傾げる。


「……こいつの母親カカは、こいつを捨てたのか?」 

「それは分からないよ。町中ではぐれてしまったのかもしれない。捨てたと決めつけるのは良くないわ」

「ユメは


 ピクリと、ユメの睫毛が動いた。


「さっき、知らない人間に〝足の痣は、親にやられた〟って決めつけられてた。ユメは否定しなかった。どうしてだ? やったのは親じゃなくて、主人だろう? ユメが何も言わなかったから、あよ人間はユメのカカを悪い奴だと思ったままだ」

「……言えないよ」

「っ! だから何でだ? お前さんはカカが嫌いなのか?」


 首を横に振られて、虎児はますます分からなくなる。


「あのおばあさんは、皐月の町の人でしょう? 私はこの町で商いをしているから、奥様の悪口は言えないの。お店の評判が悪くなると、商品が売れなくなるかもしれないもの」

「商いって、そんなに大事なのか? 育ててくれた母親よりも、お前さんを叩く〝奥様〟の方が偉いのか?」


 知らないうちに声が大きく、語気は強くなっていく。仔猫がユメの両腕に顔を埋めた。


「違うよ! 私はお母さんの方が大切だし、大好きよ! でも本当のことは言えないのよ! 言わなくていいことだってあるの」


 ユメの両頬が赤く染まってきた。泣くのかもしれない。出会ったばかり頃、初めて泣かれた時はただただ狼狽した。だけど今は虎児も悲しくなった。ユメは傷ついたような目をしているが虎児だって悲しくて、同時に腹が立って仕方なかった。


「あんな呉服屋なんか辞めちまえよ。別のところで働ばいいだろう」

「そんなに簡単に見つからないわ。私にはあの場所しかないの。ねぇ、分かってよ」

「分かんねーよ! ユメがだと、死んで何にも言い返せないカカが可哀想だ!」

「……! 私と虎児は違う!」


 仔猫をギュッと抱きしめて、


「私は虎児みたいに竹や笹の葉を食べて生きていけないの! 白いご飯を食べなきゃならないの! そのためには毎日働かなきゃならないし、嫌なことを言われても笑わないといけない! 嘘をつく時だってあるのよ! それが〝人間〟なの!!」


 そう言い放った。


「…………バカみてぇ」


 虎児の声はいつもの大きさと強さに戻っていた。


「人間って、そういう生き物だったのか」


 水でも浴びたように、頭が冷えていた。


「もういい。帰る。人間の町なんて、面白くも何ともねぇ」


 ユメの返事を待たないで、虎児は歩き始めた。

 






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