第22話 夏の町(6)

「おっと、すみません」

「「っ!」」


 ユメと虎児は振り返り、同時にハッとした。

 虎児にぶつかってきたのは、背の高い男だった。


(キレイだ)

 

 虎児は第一にそう思った。

 

 虎児は人間の美醜について考えたことはなかったが、この男はこれまで竹林で見てきた人間の中で1番美しかった。

 虎児やユメよりも年上だけど、まだ若い。サラサラとした髪も、切れ長の瞳も、着物も全て真っ黒だ。夜空みたいに真っ黒なのに、決して真っ暗ではない。男の容姿には形容しがたい、怪しげな光が宿っていた。それが〝つや〟と呼ばれる魔力であることを、虎児は知らない。

 

(……ん? って、クッセェ!!)


 見惚れてから数秒後、虎児は突然鼻をついた異臭に驚く。

 濃い臭いの元を辿ると、自分の足元に小さな薄紅色の水たまりが出来ていた。水たまりの近くには、透明の小さな容器が転がっている。男が落としたらしい。


「硝子の瓶に、この匂い……。こ、これって、もしかして香水ですか?」


 ユメが男に尋ねた。


「噂で聞いたことがあります。最近、外国からの仕入れが始まったんですよね。身体や着物に塗って、花の香りを楽しむ物だって」


 虎児は、ユメがわざと説明っぽく話しているのだと察した。危険な代物ではないと、遠回しに教えてくれているのだ。


 男は頷いた。


「えぇ、そうです。お嬢さん、よくご存知ですね」

「香水ってすごく高価ですよね。あぁ、中身が溢れちゃってる」

「いいんですよ。買った物ではなく、貰った物ですから。歩いていたら、商人に試供品を押し付けられたんです」

( そうか、


 人間とは、美しい人の真似をしたがる生き物だ。客の購買意欲を唆るために、男の容姿が使われたらしい。


「私は香水を見るのが初めてで。つい珍しくて、蓋を開けて、匂いを嗅ぎながら歩いてたんですよ。そんなことしてるから、こちらのお方にぶつかってしまった。本当にすみません。もし着物が汚れたなら弁償します」

「いいえ、大丈夫です!」


 ユメはニコニコして、虎児の腕を掴む。


「どうか気にしないでください。私たちは商いがあるので、これで失礼します」


 返事を待たずに、虎児を引っ張るユメ。

 この男はあまりにも目立ちすぎる。周囲からの視線を感じたユメは、急いで離れていった。






 2人の背中はすぐに人混みに紛れて、消えた。


(……まさか、こんな所で化け物に会うとはねぇ)


 男……朔太郎は、ほとんど空になった瓶を拾う。


(娘は人間だが、もう1人の奴は化け物だ。しかし妖怪の気配とは少し違う。中途半端な匂いだった)


 朔太郎の萬屋は師走の町にある。皐月の町からかなり遠いけれど、わざわざ足を運んで良かったと思った。香水よりも面白い匂いに出会えたのだから。


「さて、行きますか」


 すっかり上機嫌になった朔太郎は、軽い足取りで目的地へ向かった。

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