第21話 夏の町(5)

 その光景が視界に飛び込んだ瞬間、虎児は固まった。


 ユメが暮らす卯月の町の隣に位置する、皐月の町。ここには昔から富豪が多いことで有名だった。


「人が多い……! 人間ってこんなにたくさんいたのか!」

「虎児! 牙が見えてるよ!」


 ユメに言われて、虎児は慌てて羽織の袖で口元を隠す。


「うわ!? おい、あれは何だ? でかい輪っかが付いた塊を、人が引いてるぞ!?」

「乗り物よ。〝人力車〟っていうの。輪っかは車輪、引いている人は〝車夫しゃふ〟さん。お客様を後ろの椅子に乗せて、行きたい場所まで運んでくれるの」

「そんな物があるのか? って、あれは何だ!? 建物か? 色が赤いぞ!?」

「私も詳しくは知らないけど〝煉瓦〟っていう素材らしいよ。外国風のお屋敷なんだって。最近増えているの」

「外国って、ユメがこの前言ってた〝シロクロ熊〟がいるところか?」

「うーん……。外国は1つじゃなくて、いっぱいあるらしいの。煉瓦とシロクロ熊って、同じ国のものなのかしら?」


 幅が広くて、どこまで続いているのか分からない長そうな道。そこにはとにかく多くの人がいた。まるで竹林に生える竹のように。年齢は様々だが、ほとんどの者は共通してユメのように背負子を背に当てている。金持ちに商品を売るために、あちこちの町から商人が集まっているのだ。

 道の左右には、見たこともない立派な建物がズラリと並んでいた。木造の屋敷と煉瓦造りの屋敷が隣接する風景は、何とも不思議な色合いと雰囲気を纏っていた。

 静寂に包まれた緑ばかりの竹林とは、何もかもが違う。

 

「私から離れないでね。もしはぐれちゃったら、あそこの赤いお屋敷の前で待ち合わせしましょう」

「お、おう」


 もしも1人になったらと想像すると、虎児は不安になってきた。半妖の弱点と言われる胸がザワザワする。


「さぁ、行こう。この先にお得意さんのお屋敷があるの」


 ユメが楽しそうに笑った、その時だった。


 ドン、と虎児の背後に何かがぶつかってきた。




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