第19話 夏の町(3)

「やっぱり町に行ってみてぇ」


 虎児がそう言ったのは、もうあと数分でユメと別れる時だった。

 ユメがキョトンとする。


「え? でも、お父さんに怒られるんじゃないの?」

「トトはいつ戻るか分からねぇし。だから1日くらいなら……」

「やったーーーーっ!!」


 ユメが両腕を上げてウサギのように飛び跳ねた。背中の背負子《しょいこ》がガコンガコンと上下に揺れる。


「じゃあ明日から、いつもより早い時間に竹林に来るわ! 数日かけて、虎児の髪を切るわ」

「お、おう。頼む」

「急いで着物と帽子を繕わないと! 今日は早めに帰るね」


 虎児の手から、ユメは西瓜をスッと取る。竹林の出入り口はすぐそこだ。ユメは踊るような足取りで向かって行く。


「重くねぇのか?」

「さっきまでは重く感じたけど、今は平気!」

「は? その西瓜、いつの間にか軽くなったのか?」

「軽くなったのは私の心よ!」


 ユメが振り返った。


「友達と約束するなんて、何年振りだろう。胸がすごくワクワクするわ!」


 トクン。


 ユメの笑顔と言葉に、虎児の胸もまた感じたことのない奇妙な感覚が生まれた。奇妙なはずなのに、決して嫌なものではなかった。温かくてふわふわする、不思議な感覚。


(これも〝ワクワク〟なのか?)


 ユメは知っているだろうか。訊いたら答えてくれるだろうか。


 そう思った瞬間だった。


 ゴスッ……と、鈍い音がした。


「……落としたのか」

「……落とした」


 虎児はハァと嘆息し、ユメは瞬きもせず固まっている。

 ユメの両手にあったはずの西瓜は、彼女の足元に落ちている。


「調子のって、トコトコ歩いて行くからだ」

「う、ごめんなさい……」

「ったく……」

「ねぇ、虎児。西瓜は割れてない?」


 ユメの視線は虎児に固定されている。下を見る勇気が無いらしい。


「割れてねぇぞ」

「よ、よかった! 私の足の上に一度落ちたから、衝撃が弱まったのね……」

「……ユメの足は割れてねぇか?」

「割れてない。大丈夫よ、ちょっと涙が出そうなくらい痛いけど」

「ちょっと出てるぞ」

 

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